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岡部耕典語録   2005.1〜3. 2005.4.〜

岡部耕典語録  [mleft] & [mlchu] より
2005/01/01 (土) [mleft:6860] あけましておめでとうございます イナッフ・フォア・トゥデイ?メーリングリストのみなさま

岡部耕典です。

あけましておめでとうございます。

何十年ぶりかという大晦日の雪に見舞われた東京も、 今朝はからりと日本晴れ。

亮佑と階下のやっちゃんは、朝から雪遊びでおおはしゃぎです・・

(中略)

三が日は家族で過ごし、4日は、いつもお世話になっている支援者と当 事者・家族のひとたちをお招きしての新年会、今年も粛々と年が明けて いくのですね・・・

でも、新年会といえば思い起こすのは、昨年の新年会の日の早朝に 武蔵野市であった自閉症の青年と母親の無理心中事件です。

当事者と支援者と家族が(この順番が大事です・・)楽しく過ごしていた日 の早朝のまだ暗い頃、車で10分と離れていないところで、親が子を殺し 自分も命を絶ってしまったこと。その当事者の無念と親の心の闇を思う とき、本当の支援(アシスタンス)というもののがもつ意味とグランドデザ インのむなしさを改めて思います。

「命がけ・がけっぷちの生活」は、ALSや呼吸器をつけた人たちだけでは ありません。一方で「食べたいときに自分の財布と相談しながら飯が食え る」自律/自立は、重度とされる人たちほど、必要であり保障されなくては ならないものでしょう。

「自立のための支援」と「既得権益」は違います。
「自分の信じる生活を生きたいと訴える」ことと「政治音痴」は違うのです。

あたりまえのことがあたりまえであると理解され、「寄らば大樹の陰」こそ が後ろめたいと思う人が少しでも増えていくまで。本当の意味での「グロ ーカル(グローバル&ローカル)」ということが理解されるまでは・・・

それまでは、いろいろあるだろうけど、結局「時計の針は戻らなかった」と いうことは、いずれ、息子達が確認してくれると信じています。

そういうことの一端でも、新年早々のパーソナルアシスタンスフォーラムで は確認し共有したいと思っています。

今年もよろしくお願いいたします。

(追伸略)
2004/12/29 (水) [mleft:6857] 「積極的選別主義」はいかがですか 岡部耕典です。

全老健、介護保険見直しで全国集会とか。
でも、介護保険制度改革の趨勢は変わらないでしょうねえ・・
介護保険制度はいったいどうなってしまうのでしょうか。

「介護保険制度はいまが我慢のとき。いずれ春(国民的理解)が来て、 また伸びる。支援費制度は、「財源なき介護保険もどき」となって 滅びる」という「大予言」をする人もいます。

しかし、本当に介護保険制度の未来は安泰なのでしょうか・・

「支援費は需要予測を誤まった」という声もあります。
それはおそらく正しくないと思います。「見誤った」のではなく、 「あえて見なかった」というのが、本当のところでしょう。
支援費制度開始に先行した介護保険制度で、ホームヘルプサービス は、初年度5割増し・次年度倍増と増えていっています。 (3年後からある程度落ちつきます)

このことは、ホームヘルパー研修のテキストに載っているぐらい 有名な話であり、そのことが、支援費制度をはじめるときに、 優秀な官僚の頭に入っていなかったわけはありません。
いや、はいっていたからこそ、あわてて国庫補助基準の上限をつけよ うとしたのであり、その際裁量的経費の予算はすでにキャップが ついていたので、需要見込みほどには、予算がつけられなかった というのが、おそらく真相にちかいところではないでしょうか・・

これに対して、介護保険制度は、高齢化社会の到来を想定して 需要の伸びに対応する財源をあらかじめ作っておいたのだ、 というのが、介護保険制度を推進してきた人達の自慢です。

それは、そのとおりだと思います。

でも、一点だけ違っていることが・・・
それは、介護保険制度も需要がここまで急速に伸びるということは 予測していなかった、ということです。

その原因は、高齢化社会の予想以上に早い進展です。
そのとき、介護保険自慢の「需要が伸びるに応じて徴収も拡大できる」 メカニズムは「双刃の剣」と化します。

団塊の世代がこれから高齢者ととなりつつある今、 財務当局にとって、このメカニズムは、1兆円単位の「際限無き拡大」 を産む「悪魔のメカニズム」以外のなにものでもないでしょう。

支援費制度の「二百数十億の不足」とは、桁が二桁違うのです・・
(みんなすぐ忘れてしまうのですが、介護保険の半分は税金、しかも 支出は拒否できない義務的経費ですので・・)

「上限がある」「応益負担だ」評判の悪い介護保険のしくみですが、 このことは、お金がなくてインテンシブな対応が必要な障害者にと ってはたしかに給付抑制のしくみとなるのですけれども、「財産があ って軽度の介護が必要な高齢者」にとっては、ざぶざぶとお金が使 えるしくみでもあります。(「枠」さえとってしまえば、そこまでは使い 放題、だからこそ、厳しい用途制限が加えられる、という関係にあ ります)

一方で、本当にお金がなくてインテンシブな介護が必要な高齢者に とっては「雨の降らないときの傘」程度にしかならない中途半端な制度 でもあります。

じゃあどうすればいいって?

介護保険制度は、本当の意味での「保険」に戻ればいいのではない でしょうか?

つまり、保険事故である要介護状態が生じたら、それに応じて、現金 を給付する、という民間保険に似た制度です。また、その使徒も自由 としたらいいと思います。(介護保険指定事業所を使うことはない、と いうことです。家族介護に使いたい人も、可とすればいいでしょう) 要介護認定もコンピュータ判定だけでよいことにして、なるべくシンプル かつ低コストにします。

そのかわり、給付額は抑えます。施設入所は前提とせず、上限6万 円ぐらいでいいのではないでしょうか?そして、それ以上必要な人は、 障害認定をうけて、支援費制度を使えばいいのです。(支援費制度 の財源は、それまでに間接税にしておくべきでしょう)

要するに、介護保険を、年金の一階建て部分のように使うというアイ ディアです。そうすれば、スティグマを恐れて介護使わないこともなく、 本当に手厚い介護が必要な人も、きちんと対応して貰えるシステム になるでしょう。また支援費制度も、ダイレクトペイメント(現金給付) も選べるようにしておけば、限られた資源の有効活用も可能となる でしょう。(セルフ・マネジメントを望む自律/自立志向の人にとって は、「インテンシブなケアマネジメントというのはうっとおしく、不必要 なものですので・・)

「選別主義から普遍主義へ」というのが一時流行ったスローガンです が、ティトマスは決してそんな乱暴なことは言っていなくて、「(対象 をただ狭くする)選別主義から、(一律にばらまく)普遍主義を超えて、 (必要な人に必要な資源を供給する)積極的選別主義の実現を」と いってたはずです。

「ケアマネジメントのお手本」とされたというチャリス先生が唱える 「インテンシブなケアマネジメント」も同様な考え方に根ざしている と思います。(日本の「(一律に)普遍的な」ケアマネジメントに、 疑問を呈していましたが・・)

今回の介護保険との統合は遠のきましたが、2010年まででの 統合は、かなりの確率でおこなわれることになるでしょう。

しかし、その時には、支援費制度だけではなく、介護保険制度も 「本質的な改革」が前提となっていなくては、大変なことになるで しょうね。また、支援費制度が間接税に支えられる制度となるた めには、ある程度対象が「普遍的」であることが求められるでしょう。

統合賛成派も反対派も、そういう意味では、その時のために、 こういう「積極的選別主義」のアイディアはいかがでしょうかね?
2004/12/27 (月) [mleft:6855] 今年最後の障害者部会 岡部耕典です。

今年最後の社会保障審議会障害部会と今年最後の抗議行動。

傍聴申込をしていなかったので(どうも傍聴する気がせず・・)資料だけ貰って見たら、 ついに「障害者自律支援給付法(仮称)」案の一部を公開。

総則・法の目的には「障害者及び障害児が、その有する能力を活用し、自立した日常生活 又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害保健福祉サービスに係る給付等を行い」 とあり、アナクロニズムの批判を受けて改正障害者基本法では消えた「自立への努力」の条 文が「その有する能力を活用し」と形を変えて復活しています。

そして「そんな自立の定義がおかしい」さんざん叩かれた「自立生活支援給付」は、予告ど おりあっさり名前を変更、しかし、なんと「訓練等給付」という名前にされています。(つまり、 含まれる中身を変えるのではなく、名前を中身に即して変えた、という一種の「開き直り」・・・)

しかし、一方で、「激変緩和措置」の名のもとに、応能負担については3年間の実質的猶予 を設け、支給決定手続についても、障害程度区分は「勘案事項」のひとつとされ、障害者給 付審査会は、市町村が「必要に応じて」意見を聞くところ、と位置付けられ、一方で、当事者 の決定過程への参画についても、「必要に応じ」と制限されながらも「(審査会は)支給決定に 係る障害者等、家族などの関係者の意見を聞くことができる」と極めて不充分ながらも、一 定程度の譲歩を滲ませていることも注目されます。

個別給付としての訪問介護にも「日常生活支援、行動援護を含む」と明記され、これまでの 抗議行動を含め「あらゆるところで、できることをする」の成果もいくばくかは確認されるところ でしょうか・・・?

いいや・・・

前提は、「肉を(多小・・)切らせても骨を切る」、すなわち、もともと「遠くに引いた線」を少し 手前に戻ったところで、決して真中に戻す気もないのも明らかです。

さらに、法案成立のために「譲った」とみせたところも、2009年の介護保険制度との統合へ の「リベンジ」までの「有期限」と思って切ったカードであることも明らかです。(それまでには、 「若年障害者」に対する「介護実態調査」も終え、「必要に応じ、要介護認定ソフトを快活する」 とも、こそっと書いてありますので・・!)

10時過ぎの職員出勤のピークに(なぜか中央官庁では、みんな「重役出勤」なのです・・)
門の前にいると、グランドデザインの設計者のひとりといわれる北川企画官が、足早に 門にはいってから、改めて気がついたように、くるっと振り向いて抗議行動を一瞥すると、 なぜか、にやり、と笑って、省内に消えていったことが思い起こされます。

障害者団体側が要求した義務的経費化を逆手にとって、鬼より怖い財務省を相手に、大幅 増額予算を獲得した、俺のその苦労も才能も知らんくせに・・・ということなのでしょう・・

決して目は笑っていない、「爽やか」と対極にある「笑み」は、忘れることができません。
2004/12/24 (金) [mlchu:1423] 「減刑バンザイに異議ありー障害児殺し事件をどう受け止めるか」が出版されました 岡部耕典です。(重複受信のかたお許しください)

ご存知のかたもいらしゃるかと思いますが、「減刑バンザイに異議ありー障害児殺し事件 をどう受け止めるか」という本が出版されました。

http://www.hi-ho.ne.jp/soyokaze/sympo.htm

(後略)
2004/12/22 (水) [mleft:6851] Re: 自転車に乗っての所沢上映会です。 (前略)

> 映画「自転車で行こう」所沢上映決定!

これ、監督のスタンス?などを巡り、一部に批判もあるようですが、個人的には、なかなかよか ったという印象は覆っていません。

監督の「思惑」がどうであろうが、生のぷーみょんは、その思惑を超えた存在感を発揮して います。

ぷーみょん は、「自閉症の青年」ではなく、「母子家庭で育った在日韓国人」としてでもなく、、 ひとりのこずるくて、ひたむきにいきている(超パワフルで、でも傷つきやすい)関西人として 見ると、とても面白いです。

ぷーみよんが、明日の亮佑にみえました・・・(性格は、かなり似ている:汗)

(サイト管理者追加)
「自転車で行こう」 http://www.montage.co.jp/jitensya/
2004/12/22 (水) [mleft:6848] 「パーソナルアシスタンス☆フォーラム(1月8日)」開催のお知らせ 岡部耕典です。(重複受信の皆様、大変失礼いたします) ※転送自由

来年1月8日(土)の午後、東京・三鷹で、「パーソナルアシスタンス☆フォーラム」を開催します。 これまで情報交換会・勉強会を継続して開いてきた東京・北多摩を中心とする居宅介護の利用者・ 介護者が中心ですが、もちろん、関心のあるかたはどなたでも参加できます。

施設にはいらず「自律/自立」して暮らすための個別支援(パーソナル・アシスタンス)とはなにか? 事業者のコントロールのもとにではなく、「自分の財布と相談しながら、自分の好きなときに飯を食う」 ことのできる「自立支援」を求めて/確認しつつ、「私たちの街・東京」でも、立場を超えて意識を共有し、 声をあげていきたいと思います。

特に、初回ですので、今後の地元利用者・事業者のネットワーキングや情報共有の継続化、他の関 連団体との連携・協力等とのキック・オフの場ともなればよい、とも思っています。

一部ルビ付開催要綱はこちらからダウンロードできます。(WORD 135KB)
http://www.eft.gr.jp/enough/050108pa-forum.doc

(上記ワードファイルをPDFファイルに変換したものが以下)
「パーソナルアシスタンス☆フォーラム」(PDF 90KB)

(以下略)
2004/12/22 (水) [mleft:6844] Re: 17 年度予算案について思うこと (前略)

昨日の「お疲れハイ」を我慢して聞いていて、いろいろ背景も「確認」できました。

平成17年度概算要求では、

1)厚労省全体では、省全体で18%増まで要求可能(だった)
2)しかし、裁量的経費は、最終段階では、省全体で対前年比2%減(とされることが、最初から、財務省との「約束」で)決まっていた)

したがって、夏に出した居宅支援費の概算要求は、裁量的経費のままでは実現 不可能だった、しかし、また足りないに決まっている予算をだしたら、今度こそ自治 体からなにいわれるかわからない、という厚労省障害保健福祉課の「お家の事情」 があっての義務的経費化の推進だったわけです。

しかし、一方、平成17年度予算確保を義務的経費化を前提に行うためには、やはり 以下の2つの「約束」がされている。

3)平成17年度中に制度改正を実施し、年度途中から、在宅サービスを義務的な扱いとし、所用額の捻出をする
4)厳しい改正(厳しい支出抑制が可能とする「改正」)を実現して、他分野に大幅な削減協力を得る

その結果、

5)厚生労働省全体では、裁量的経費は2%圧縮
6)居宅支援費は、義務的経費とし、概算要求よりさらに高い予算を獲得

としたわけですが、しかし、その「前提条件」は、「自らの分野からの捻出」であり、

条件1) 障害福祉サービス改革
ケアマネ、支給決定の透明化
    サービスの効率化提供
      利用者負担の見直し

条件2) 障害の公費負担改革
      医療内容面での取り組み
      対象者の重点化
      利用者負担の見直し

と引き換えだった、ということです。

なんのことはない、「予算確保」とは「自らの分野からの捻出」、すなわち真水での 予算増を伴わない「タコ足配当」であり、「公平・透明性の確保」とは、「給付の抑制」 であり、ケアマネジメントは、資源利用支援ではなく、「給付抑制の道具」として使う ということを「約束」してしまった、ということなのです。

「予算増」とは、読みかえれば、この分だけ、福祉と医療両面からの「サービスの削 減」・「応益負担」・「実費負担」で、いってこい、とする「削減(徴集拡大)目標」である ということになりますね・・・今回の居宅生活支援費の義務的経費化と平成17年度 予算は、こう読みなさい、という「レクチャー」を受けたわけでした。

いくら「そういうことだろうな」と思っていたことでも、こうはっきりとパワーポイントまで 作って得々と説明されると、ちょっとね、という感じでした・・(まあ、「裏が取れた」とい う意味では、「テクノクラートの紳士のお疲れハイ」も役にはたったのですが・・)

なお、このことを「持続的・永続的に支える」枠組が「グランドデザイン」であることは、 いうまでもありません。ああ。
2004/12/15 (水) 20:23[mleft:6831] Re: 「わややなあ・・・」 岡部耕典です。

(中略)

今日も、交渉団、記者会見にも末席を汚しておりましたが、マスコミのみなさんの 視線が思いのほか冷たいのに、驚きました。

一方で、マスコミが、「世間に訴えられる解りやすい論点」を求めていることも 改めてよくわかりました。(障害者運動は、厚生省番記者のみなさんにすら判り にくい・・・)あとで何人かの記者の方からは請われたので、他の資料とともに 福島さんの資料もお送りしました。

運動側も、そういったとりくみがと努力がもっともっと必要ですよね・・・

(サイト管理者追加)
「障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動」
実行委員会より12月「第1弾」行動のお知らせ
http://www.j-il.jp/jil.files/1020/1213_15yobikake.htm
2004/12/15 (水) 19:26[mleft:6830] 抗議行動最終日 こんにちは、ちゅうちゅうです。

(中略)
・・・・・
「わややなあ〜」の 意味、ちょっとニュアンスが違うかも。あかんの最上級?というか「最悪」とか 「どうしようもない」という意味。「何もかもわやになってしもうた。」と使う場合は、 「ダメ」という意味です。グランドデザインは、ほんまにわやですわ。
・・・・・
(後略)
2004/12/15 (水) 9:09[mleft:6829] 「わややなあ・・・」 岡部耕典です。(重複受信のかた失礼します)

下記は、昨日の社会保障審議会障害部会における福島委員の「応益負担」の根本的 問題を問う発言とともに提出した文章です。

福島委員は、障害部会で毎回、「私にとっての自立とは、自分の好きなときに、自分の 財布と相談しながら飯がくえるということだ」とか「みなさんは道路を歩くのに通行料を とられるのか。自分のうちの風呂にはいるのに入浴料をとられるのか。ガイドヘルパー やホームヘルパーの自己負担というのはそういうことだ」とか、とてもわかりやすい比喩 で本質的な論点をつく発言を繰り返しています。

福島委員は、全盲・全聾で、コミュニケーションは指点字(手を指でタップして、モールス 信号のようにしてことばを伝える)だけです。(話すのは、自分で話します)そんな相手の 表情も声色も読めないという「ディベート」には決定的に不利な条件をもちながら、審議会 では厳しく厚労省を問い詰め、のらりくらりとする座長を糾弾し、胸を打つ発言を繰り返す 姿はまるでスーパーマンのようです。

しかし、その発言をするために、福島委員がどれほどの苦労と準備をしているのか。
ときどきメールでやりとりしている際にもらした「わややなあ・・」(自分は弱いなあ・しんどい なあ)という言葉が忘れられません。

どうか、

「障害者は行動の自由やコミ ュニケーションの自由が奪われているという意味で、いわ ば「目に見えない透明な壁 に囲まれた刑務所」に{無実の罪}で収監されている存在だ」

というこの叫びが国民のひとりひとりに、届きますように。
こういうことを「そもそも論」と揶揄する向きもあるかもしれませんが、社会規範というのは 「そもそも」そいうものだし、社会保障審議会こそ、「政治」ではなく、本来は「そもそも論」の 場なのではないでしょうか。

どこかの新聞の小見出しぐらいには、してくれてもいいと思うのですが・・・
(「給付の伸び8年で1.7倍」という小見出しよりもよっぽど意味があると思うのですが!)

これから厚労省前に行って来ます。

::::::::::::::::

(社会保障審議会第二二回障害者部会配布資料)

「今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン案)」に関する意見書
  生存と魂の自由を ―― 障害者福祉への応益負担導入は、「保釈金」の徴収だ
(厚生労働省社会保障審議会障害者部会委員、東京大学助教授、福島 智、 2004年12月14日)
(c.f. サイト管理人より追加
arsvi.com 立岩真也 でも全文紹介されています
福島智「「今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン案)」に関する意見書」

0.「グランドデザイン」で示された厚生労働省の基本方針には賛同できる部分も多 い。たとえば、障害者施策にかかる経費の国による義務負担化の明記は重要な前進で あり、地域生活の重視、三障害種別横断の理念等も評価できる。さらに、財源を公的 保険にとるか、新税の創設の可能性等も含めた税方式にするかなどの議論はあるもの の、今後の中長期的な展望として、医療や介護も含め、全年齢のすべての国民の基本 的な生活支援を「包括的なサポートシステム」に将来的に包含・統一しようという方 向性自体は、正しいと考える。
 しかし、現状で、障害者福祉施策に「応益負担」を導入することには理念的にも、 制度・運用レベルでもさまざまな問題が存在するといわざるをえない。そこで、以 下、理念レベルの問題を中心にしつつ、障害者福祉施策への「応益負担」導入への意 見を述べたい。

1.応益負担は「{無実の罪で収監された}刑務所からの保釈金」の徴収に等しい
 国家のもっとも重要な役割のひとつは、国、社会、そして一人一人の国民の安全を 守ることだろう。その意味で、重度障害者の多くは、個人レベルでの「安全保障」が 脅かされている存在だといえる。
 まず、トイレや風呂、食事といった日常生活動作における支援のニーズは、まさに 命に直結する。さらに、それだけでなく、他者とのコミュニケーションや自由な外出 ができなければ、人は仮に物理的に生きられても、心理的に、魂の側面で生きづらく なり、最悪の場合は魂が生きる力を失ってしまう。なぜならそれは、たとえば、「刑 務所」に入っているようなものだからだ。
   私たちの社会は、犯罪者に罪を償わせるために刑務所において、行動の自由とコミ ュニケーションや情報アクセスの自由などを奪い、制限するという法制度を持ってい る。そのあり方や内実の是非はともかく、それが罪の償いになると考えられていると いうことは、すなわち人が生きるうえでこれらの自由の制限がその人に大変な苦痛を 与えると私たちが考えているからだろう。そう考えると、障害者は行動の自由やコミ ュニケーションの自由が奪われているという意味で、いわば「目に見えない透明な壁 に囲まれた刑務所」に{無実の罪}で収監されている存在だとも把握できる。  そこで、この「透明な壁」から抜け出し、解放・釈放されるためには、人的サポー トを含めたさまざまな支援が必要だ。障害者がこの「透明な壁の刑務所」に入ったの は無論、罪を犯したからではなく、生まれながらの運命だったり、不慮の事故だった りするわけで、いわば自然災害などと同様、個人の力や責任のレベルを超えたところ で生じてしまう事態だといえる。そして、こうした個人の責任を越えた困難な状況を 社会全体で支援しようとするのが、本来の福祉施策の原則なのではないだろうか。  もしそうなら、こうした生きるうえでの基本的な自由を保障するための支援に利用 料を求めることは、それはすなわち、障害者が{無実の罪}で閉じ込められたこの 「透明な壁の刑務所」から開放されるための「保釈金」を支払うよう、本人や家族に 求めることと同じではないか。しかも1回だけではなく、支援を必要とする限り、毎 日でもこの「保釈金」を本人や家族が繰り返し支払わねばならないのと同じなのでは ないだろうか。

2.障害者施策に「応益負担」を導入し、他の制度と平等にするなら、障害者への対 応全般を非障害者と平等にする必要がある
 なぜ障害者だけが特別なのか、という議論がある。介護保険を必要とする高齢者 も、医療保険を利用する病気の人も、障害者も同じなのではないか、と言われる。そ して、もしそうなら、障害者のサービスも医療保険のように、応益負担を導入すべき だ、という議論がある。
 私も、障害者だけが特別に取り扱われるのは適切でないという意見には賛同する。 高齢者も病気の人も、障害者も区別なく、国民すべてに生存に不可欠な資源や自由が 保障され、安全・安心に暮らせる社会を目指すべきだとも思う。
 しかし、現実の法制度はそうなっていない。たとえば、重度障害者が働く作業所な どでは最低賃金法が適用されていない。そして障害者の失業率は国民全体のそれより もはるかに高い。こうしたことに代表されるように、障害者に対する差別的な取り扱 いや仕組みは厳然と残っている。さらに、日本の障害者施策全体は、個人のニーズを 基本としているのではなく、画一的な障害認定制度を中核とする「特別な枠組み」で の取り扱いを基本としている。
 こうした現状を温存する一方で、サービスの負担の部分だけ「みんな平等だ」とい うのは、理念的な一貫性に欠けるのではないか。

3.過剰なサービス給付は「応益負担」導入でしか防げないのか
それでも、どうしても課題が残る面はたしかにあるだろう。たとえば、障害者の側は もともと支援サービスが多ければ多いほど幸福だ、というわけではないので、過剰な サービス給付を求める動機は原理的に存在しない。しかし、サービスの供給側が公的 機関でない場合、利潤追求のために、必要以上のサービスを供給しようとする不正な 動機が供給側に生じる可能性は否定できない。そうした問題を防ぐためのひとつの手 段として、一定のルールに基づく応益負担を課す、という選択肢もあるだろう。
 しかし、それはほかの方法や別の仕組み・工夫でもさまざまに対応可能なはずだ し、それをまずめざすべきなのではないか。
 なお、財源確保と供給の抑制を同時に目的としていると想定される「(本人所得が 低い場合の)同一生計の家族」による負担という仕組みの導入にも、賛成できない。 もとより、どのような公的支援制度が導入されたとしても、家族と同居する障害者 は、その障害故に有形・無形の特別な支援を家族から受けているものであり、本来そ うした「家族による支援」を社会的労働として認定するのが適切であるはずだ。とこ ろが、現在の家族への手当は、「障害者特別控除」など税制面での間接的なもので、 額も実質的には大きいとは言えない。そこに新たな家族の経費負担を導入すれば、障 害者との同居で発生する有形・無形の特別な負担に、さらに新たな経済的負担が加算 されることとなり、制度利用が不適切に抑制され、結果的に障害者の自立や社会参加 はますます困難になりかねない。
 たしかに、多くの場合家族は、同居する障害者を家族の一員として愛しているだろ う。だからこの制度を導入しても、必要な経費負担を忌避する家族はそれほど多くは ないかもしれない。しかし、仮にそうであったとしても、これは公正な制度なのだろ うか。
 これは、障害者のニーズを社会全体で支援しようという発想ではなく、「本来家族 でめんどうをみるべきもの。それを社会が一部手伝うのだから、その見返りに家族が 費用を負担せよ。それが障害者を家族に持ってしまったあなたがたの運命だ」と言っ ていることと同じであり、家族の連帯意識や愛情を逆手にとった財政削減の巧妙なし かけに思える。

4.給付は「青天井」なのか
 応益負担導入の議論の根底には、障害者のニーズに十分に応えようとすればきりが なく、社会的コストが果てしなく増えていくのではないか、という不安が暗黙裡に存 在するように思われる。しかし、果たしてそうか。
 障害者のニーズ、とりわけ人的支援のニーズには自ずから限度があり、同時に、支 援を求める障害者の人数にも限りがあるため、一定の水準内には必ず収まる。今利用 が伸びているのは、これまでニーズが隠されていた、つまり本人や周囲が犠牲になっ ていたからであり、利用の伸びは本来望ましいことであり、やがて一定の水準で概ね 固定されるはずだ。

 ところが、それなのに、制度利用の拡大が何か悪いことのように、とんでもなく不 適切な状況ででもあるかのように語られるのはおかしいのではないか。
 また、社会全体の負担の総量はこれまでと同じか、むしろ少なくなるだろう。なぜ なら、これまで障害者のニーズは潜在していて顕在化していなかった。それは何を意 味するかというと、本人が我慢していたこと、つまり、本人が自立や社会参加や就労 が果たせずにいたことと同時に、家族や周囲の人、特に女性が犠牲になって支援をし ていたことを意味するのではないか。

5.障害者支援の充実は社会を活性化させるための投資だ
 障害者への公的な支援が伸びれば、一見コストがかさみ、社会の負担が重くなるか のように思えるけれど、そうではないだろう。なぜなら、障害者自身の社会参加が進 むことで、経済的効果の側面があるだけでなく、より本質的には、この日本という国 と社会がどのような条件の人の尊厳や基本的自由をも大切にする国であり、社会なの だと国民が具体的に身近に実感できることで、国民の広い意味での心理的な安定・安 心、豊かさの実感へと波及していくだろうと思われるからだ。
 さらに、これまで家族として無償労働での支援を強いられるがゆえに、社会への参 画が制約され、働く機会が事実上制限されていた人、主に女性が新たな労働力として 社会に参画することで、経済的効果も含め、社会全体を活性化させるという中長期的 なプラスの側面もあることを忘れてはならないだろう。

6.それでも、導入するのなら、きわめて慎重な対処を
 以上のことから、結論として、障害者福祉施策における「応益負担」は本来望まし くなく、できる限り避けるべきだと私は考える。なぜなら、そもそも「応益負担」の 「益」という言葉自体が不適切だと思うからだ。求められているのは、「利益」なの ではなく、生きるうえで最低限必要な身体動作、移動、コミュニケーション等に関す る基本的な自由の保障なのである。
 そして、それでもなお、どうしても導入せざるをえないならば、きわめて慎重な対 処を求めたい。すなわち、それは、必ず障害者本人の所得保障や雇用機会の拡大とセ ットにすべきであり、同時に、制度設計・運用への利用者の参画や現在のサービス給 付量を低下させないなど、厳格な条件を前提とすべきである。また、過剰な不正供給 を抑制するための方策も、「応益負担」や「家族負担」に頼るのではなく、ほかにも さまざまな工夫がなされるべきだ。
 現在の日本では人口20人に一人が障害者と認定される。言い換えれば20分の1 の確立で、障害という心身の条件は、人生のいずれかのタイミングでだれにも必ず生 じうる。
 障害者も税金を納める。医療保険も介護保険も、障害者は保険料を納入する。しか し、「障害者」という役割に伴う有形・無形の負担や不利益は、当然のことながら 「障害者」しか引き受けておらず、経験していない。こうした役割を生きている障害 者に、その状態が故に必然的に生じる最低限の支援の必要をさえ、社会は「応益負担 せよ」と言うのだろうか。
 社会とはなにか、福祉とはなにかを再考したい。


Satoshi Fukushima

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イナッフ・フォア・トゥデイ? http://www.eft.gr.jp/
  EFTメーリングリスト
障害者権利条約と障害者権利法を実現しよう
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(太字にしたのはサイト管理人による判断です)
(サイト管理者追加)
arsvi.com 立岩真也 より
福島智 ふくしま・さとし
「福島智さんのこと──知ってることは力になる・19」

2005/04/21 (木) [mleft:7139] 19日朝日新聞、福島智さんの主張
2004/12/12 (日) [mleft:6808] RE: 助言が欲しいです 岡部耕典です。

「悪魔」は、実在するものではなく、しかし、非現実の存在でもない のではないでしょうか。

「悪魔」と思いたいあなたがいて、「悪魔」と思われたい息子さんが いて、なぜそんなことをしているのか、しなくてはならないのか、 そういうことを確認し、新しい「物語」を構築するまえに、しかし、 まず、その重い関係の一翼を担い、おふたりに染みこみつつある ものを自らの身体にも浴び、受け持って担うことで薄める存在が 必要だと思います。

私はそれには、ドラゴン兄さんたちが一番良いと思うけど、 あるいは、同じ障害の当事者なのか、親なのか、医者なのか、それ はあななたちが確認しつつ決めるしかないし、出会いと運にもよる のではないでしょうか。

年末に帰国されたら、息子さんに会いに行きますね。

いずれにせよ、向精神薬に頼ることと入院には要注意です。

医療が症状を軽くする「風邪薬」と「相談相手」を超え、 あなたと息子さんが決定的なラベルをお互いに貼り合うこと、 それが「悪魔」の仕組んだ最終的な「罠」だと思います。
2004/12/11 (土) [mleft:6797] 「利用者本位」・「自立生活支援」を確実なものとするためのグランドデザイン案に対する論点整理 岡部耕典です。

すみません、DPIのメルマガをネタに、勝手に「激」をとばして、自分のした「論点整理」 を示すのを忘れました・・・

「利用者本位」・「自立生活支援」を確実なものとするためのグランドデザイン案に対す る論点整理(給付制度・居宅介護制度を中心として)
http://www.eft.gr.jp/enough/resource/041201gdkenkai.doc
クリックすると、25KB程度のワードファイルのダウンロードができます。  あるいは  (PDF 36KB)

以前MLでご意見を伺ったものから、前半のアジテーション部分?をとり、若干の修正 を加えたものです。「給付制度・居宅介護制度を中心として」と書いてあるとおり、グル ープホームや施設のことについては(よく知らないこともあり)足りないところもあります が、そのかわり、支給決定や生活支援事業のありかたについて、あまりまだ注目され ていない論点を主張している、と「自己評価」してるんですけど・・・・

可能なら、(介護保険じゃなく、こちらのほうを:笑)ぜひ、「ご活用」くださいませ・・・
2004/12/11 (土)[mleft:6796] Fw: 「われら自身のこえ」を届けます 「 12/13 〜 15 行動」のお知らせ、他 岡部耕典です。

 「12/13〜15行動」のことなどものっているので、久々に、DPIメルマガを 転載します。(15日の予定が変わっていますので、ご注意ください)

私は、明日は、大阪で障大連のセミナー、13日は三鷹市の委員会、14日は、 立教大学で講義、15日は、行動参加、16日は、パーソナルアシスタンスフォ ーラムの打ち合わせ、18日は、社会福祉士会のセミナー講師と、なんだか 「ゲランドデザインまみれ」(?)の一週間になりそうです・・・(汗)

昨日の社会保障審議会介護保険部会の「結論」を報じる新聞報道によれば、 介護保険の対象年齢の引き下げ・障害との統合については、両論併記となる 意見書が了承された、ということで、毎日新聞ではさらに、「来年1月召集の 次期通常国会に提出する介護保険法改正案に対象拡大策の盛り込みを断念 する方針を表明した。」と明記してあります。

ただし、こういう報道の読み方はいろいろあるので、これをもって危機感を煽り、 統合を推進する、という戦略はありうるので、統合反対派も賛成派も、予断は 許さない、といったところでしょう・・・

個人的な見解でいえば、私はやはり「統合反対」です。別にこれは意地で言っ ているのではもちろんなく、いくら検討してもそういう結論しかでてこないのです。

しかし、統合問題はすでにかなり前から「政治マター」となっており、統合され ないにしても、されるにしても、基本的には、障害者団体が賛成した・反対した の反映ではないと思います。

そういう意味では、各団体は、統合問題については、それぞれの立場をきちんと 確認しつつ、かつ、生かしつつ、「どちらにせよ実行する」と厚労省がいきまいて いる「グランドデザイン」について、きちんと楔を打ち込んでいかねばなりません。 そういう「野合」ではない「共闘」が必要な次期に来ているのではないでしょうか。 少なくとも、応能負担・移動介護の扱い等を中心に、現実面をきちんとみれば、 統合賛成派も反対派も日和見派?も、まともな人は?知る限り、そう意見は 違わないにですから・・。

ここは、論点をしっかり確認し、GD基本的賛成派は、「そこが適えられなけれ ば、法案上程反対にまわるぞ」の脅し(?)、GD反対派は、「単なる反対のた めの反対ではない根拠」の提示として、しっかり運動していくべきでしょう。

とにかく「グランドデザインの問題点」を世間の人に知ってもらう。そのため には、マスコミの力も大きいのですが・・・(7日の毎日新聞の「グループホーム 障害者に負担増 月数万円も」みたいな解りやすい記事が、移動介護等でも でればいいのですけど・・)

なお、メルマガですが、宮城県の障害者差別禁止条例についても、本当に そのとおりだと思います。(たすけっと のみなさんもお元気そうでなにより!)

メルマガあとがきで蛭川さんが言っているとおりですが、

”我々を抜きに我々のことを決めるな!
    障害者の地域生活を後退させるな!”

やはりこれに尽きる、のではないでしょうか。
(「障害者」→「障害者・児」としてほしいですが:笑)
(あるいは 「障害児・者」 HP管理人)

> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
>     「われら自身の声」を届けます!

> >     DPI日本会議メールマガジン(04.12.10)第77号
> DPI-JAPAN Mail Magazine
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> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
> ---もくじ----
> <1>
> 「障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動」
>   実行委員会より12月「第1弾」行動のお知らせ
> > <2>なぜ急ぐ!?障がい者差別禁止条例
>    (宮城県の地元団体より)
>
> ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
> <1>
>   我々を抜きに我々のことを決めるな!
>            障害者の地域生活を後退させるな!
>
>   「障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動」
>     実行委員会より12月「第1弾」行動のお知らせ
>  http://www.j-il.jp/jil.files/1020/1213_15yobikake.htm
>

(以下略)
2004/11/28 (日) [mleft:6768] 「移動支援サービスの見直し」 岡部耕典です。

移動介護について、11月26日の社会保障審議会障害部会の事務局説明について、 今後の行動のために少し論点整理をさせてください。

まず、当日配布の説明資料から・・

=============================================
「移動介護の見直し」

<見直しの視点>
○移動支援については、突発的なニーズへの対応や複数の者の移動の同時支援など  柔軟性のある支援を行うため、「地域生活支援事業としてサービスを提供する。
○ただし、移動支援と介護を一時的に提供する必要がある一定程度以上の重度障害者  に対しては、個別給付でサービスを提供するものとする。

見直し後(に例外的に個別サービスとする類型)

行動援護

 自己判断能力が制限されている者が危険等を回避するための援護(移動の場合も可)

 ・自閉症、てんかん等を有する重度の知的障害者(児)又は統合失調症等 を有する重度の精神障害者であって、危険回避ができない、自傷、異食、 徘徊等の行動障害に対する援護を必要とする者

日常生活支援

 現行の日常生活支援+外出時における介護

 ・重度の要介護状態にあって、あつ、四肢マヒのある身体障害者

====================================================

お分かりのように、「日常生活支援」は身体障害者が対象ですから、知的障害・ 精神障害に対応するのは、「行動援護」の類型のみです。

上記以外は、全て「移動支援事業」対応とされています。
(ただし、それにも「一定程度の障害の状態の者」という但し書き付!です)

また、移動介護における身体介護の単価は(なし崩し的に)消滅させる意図の 模様です。

ただし、移動介護を個別給付とする範囲について、「極めて重度」「強度行動障害」 という前回の表現が、「重度」「行動障害」とやや範囲を拡大して(軟化?)しており、 また、「行動援護」という類型は、移動介護だけでなく、知的・精神のホームヘルプ の類型として考えているのではないか、という節も見受けられます。(多分、「見守り」 や「社会参加支援」といった類型を加えると、対象が軽度まで拡大してしまうので、 使いたくなかったのではないか、と思うので、必ずしも前進ポイントといえない点も あるかと思いますが・・)

個別給付の移動介護について、「行動援護」の類型の適用における「重度限定」を の撤廃、移動・居宅の両介護における「見守り」類型の適用、もしくは、日常生活 支援類型の新設(身体障害の日常生活支援には「見守り」があるので、障害の種別 を超えた「普遍的制度」とするのなら、当然知的障害・精神障害にも加えなくてはなら ないはずです。)

いずれにせよ、移動介護についても、(今なら?)訴えれば、若干なりとも前進、 あるいは軟化する点も見受けられるのですから、身体・知的、統合反対・賛成等 も含め障害の種別や立場を超え、それぞれのできる立場から、一致協力して かつ、具体的に、訴え続けなければならないということだと思います。

残された時間はあまりに少ないのです・・・
2004/11/28 (日)[mleft:6767] 自衛隊のリストラ(?) 岡部耕典です。

村木課長は、「国の役割は教育や福祉から防衛と外交へシフト」と言った そうだが、(これは、昔のレーガノミックスやサッチャーリズムから今のネオ りべまでの「見果てぬ夢」である)その「自衛隊」もリストラがある?とか。

特に、陸上自衛隊が存在意義を問われていて、現在16万人だかいるの を10万人に減らせ、とかいうせめぎあいが、防衛庁と財務省を巡ってある らしい・・・(もっとも、防衛費の総額が減るわけではなく、その分ミサイル買っ たり、進駐軍(でしょ、本来は・・・)の費用分担をしたりするという「国際(アメ リカ)貢献」の財源作りらしいが・・・

それで、防衛庁がこれに強硬に反対するのはあたりまえとして、その理由は、 「災害時の安全が守れなくなる」。

そして、自治体もかなり反対とかで・・・その理由は、「駐屯地がなくなると雇用 が奪われる」。近隣への経済効果?だけではなく、隊員そのものを中心に、 直接雇用がばかにならないらしい。

でも、災害救助活動ならそれへの全国対応専門のシステムを別に作ればい いわけだし、そこには、人殺しの訓練も、一発何億のミサイルも不要だろう。

それに、経済・雇用の効果なら、「地域福祉」のほうが大きいはず。 特に大都市圏の「フリーター」対策には、コンビニ業界に次ぐ「殊勲者」として 勲章あげてもいいくらい(だれにあげるんだ:笑)だと、周りを見渡しても、思う。

ポストモダンの働き方として、その筆頭に、地域支援者・パーソナルアシスタ ンスを挙げてもいいと思うのだけど・・・

よく介護で、税金を××万使って、「モラルハザード」だとか「既得権益」だとか 「いかがなものか」とか、うるさい限りだが、「モラル」を問い、「公平」を問うなら ば、間接・直接の支援をする人の収入に着目すべきだろう。(本来得る支援の 量が、その必要に応じて変わらず一律なこと、あるいは、必要とする支援が カットされることが、「モラル・ハザード」なのだから)

そうすると、高い順から?医者・都の施設職員・国家公務員・地方公務員 養護学校の先生・普通の施設職員・作業所GHの職員・地域支援者(介護者・ 介助者)となるのではないのか?(自衛隊の職員の給与は恩給や手当もい れるとすごく高い。でも、イラクに派兵となると、怖い、という。イラク派兵は 断固反対だが、怖いから行きたくない、というのは、「火事が怖いから消火 に行きたくない消防員」に似ていると思うのだけれども・・だからといって「反 戦自衛官」になるわけでもないようだし。)

すごく乱暴にいえば、軍隊も学校も施設も、基本的には「体育会系」をもって よし、としがちな風土がその運営側にはあると思うが、「体育会系」に高給を はずんでよしとする「民意」は果たしてマジョリティなのだろうか。(体育会系の 先生に辟易した経験のある私には、それはないのだけれども)

養護学校の生徒には、ひとりあたり平均600万〜1000万程度の費用がか かっている。これを、「教育」という枠組では是とし、教師へ支払われる給与とし ては「妥当」、とするコンセンサスがあるならば(いまやそれも危ういが・・) なぜ、その生徒ひとりあたりの費用供給を、18歳以上まで延長できないのか。 (人の一生は、18歳までで終わるのではない)

養護学校の生徒で、18歳まで「教育」したら「自立(就労し自活)する」ように なる生徒が、いったい何パーセントいるのか?「授産施設」なるものが本当に 「通過施設」になりうる、ということを信じている施設職員が、いったい何パーセ ントいるのか?

だれもが信じていない「神話」に基づく「既得権益」を手離すべきは、「学校」や 「施設」や「自衛隊」のほうではないだろうか・・・

人殺しの訓練をする自衛隊に入るのも嫌だし、施設職員になって人を殺す のも(残念ながらそういう事件が多い・・・)嫌だ、という若者は多いはず。 管理と競争の社会にはついていけず(あるいはついていきたくなくて)じっと わが手を見る若者たちの「まなざさない」目線こそが、今の地域の障害をもつ 人や子どもたちには、必要なのだとおもう。

そういうタレント(才能)と意欲をもった人の16万とか20万とか25万とかの 月収と地域雇用を守って何が悪い、という視点はないのか。(施設職員や役人 に比べれば、ほんとうにつつましい、ささやかなものではないか)

それには、自衛隊の募集広告と勧誘なみのリクルートも、恩給もいらない。 いまある支援費の居宅介護と、そのささやかな(戦闘機1機分?)負担の伸び を守ればいい。

たったそれだけのことに「グランド(壮大な!)デザイン」を持ち出すことは、 「アナクロニズム」って奴ではないか・・・?(介護保険「制度」との統合も同様)
2004/11/28 (日) [mleft:6766] 医療と臨床と専門家と学問 岡部耕典です。

赤ん坊のころの私は、よくひきつけをおこしたらしくて、そのときは、「主治医」 が、夜中でも往診してくれ、親が不安でしょうがいないときは泊まりがけで、 見守ってくれたそうです。

その先生は、そののち母が肝炎で倒れたときも、毎日毎日、点滴をするため に往診してくれた・・・(半年以上)

今思えば、それは「効率」とか「仕事」とかを離れた、なにか医者の「専門性」 の原点のようなものを私にしっかりと印象づけてしまったように思うのです。

大学を出て心理職として勤めていたとき、家業を継ぐか、海外に留学して勉強 を続けるかの二者択一に悩んでいたころ、東京帝大医学部の出身で、文学部 の私も「後輩」と呼び、かわいがってくれたその先生のところに相談に行ったこと がありました。

そうしたら、先生は、自分も若かりしころ、研究に残りたかったが、いろいろな 事情で臨床を選び「町医者」になったこと、それは、自分の人生の必然と選択 であり、後悔はしていないこと、しかし、今でも、勉強は好きだし、していること、 ちょっぴり、研究者になりたかったなあ、という思いは今でも実はあること、 だから「後輩」の私も、今は思う道を選び、そして、いつでも、それは変えていい のだとも思う、というような話を淡々と、優しくしてくれました。

もう20年以上も前ですが、先生のいた蓼科の山小屋(それは「別荘」などというも のではなくまさに草ぼうぼうの「庵」に近いものでしたが・・・)と共に、いまでもまざま ざとその「語り」は思いだされます。

夜を徹して介護に励む姿と「勉強って本当に面白いよね、そうおもうでしょ?」と 照れたようにつぶやく姿の両立に、なにか私のなかでの「医療と臨床と専門家と 学問」の原点のようなものが植え付けられたのかもしれません。(実践にはほど 遠い不肖の「後輩」でしたが)

「先生」嫌いの私が、素直に「先生」と呼べるほんの数人のひとりでした・・・

痩せて銀ぶち眼鏡に無精ひげをはやした先生を「昭和天皇に似ている」といった 失礼な人(私の父です:汗・・・もっとも、先生に失礼と思う、という意味ですが:笑) もいましたが、90歳を過ぎても、その小柄な少年のような体にランニングのうえ に白衣をひっかけて、医院のひんやりした廊下で夏の午後の昼寝していた先生は、 ある朝、自分の予言どおり「小さく冷たくなって」亡くなっていたそうです・・・

「医療と福祉」、「グランドデザイン」、「介護保険改革」、「発達障害者支援法」・・・ 判断しにくいことに判断を迫られる現在、考える指針のひとつは、「人の生きる 現場(臨床)」と、そこでの「専門性」のありかたが、どうなるか、どうなっているのか。

むしろ私の「先生」の姿とだぶるのは、地域の支援者のひとたちです。

心から「先生」と呼べる医師が増え、役人や福祉職を「先生」と呼ばなくてすむ ならば、問題はもっと簡単で、分かりやすいものとなると思うのですが・・・
(でも、いつの世でも、そういう人は少数で、見果てぬ夢なのかもしれませんが!)

昨晩の「海峡を渡るバイオリン」を亮佑に邪魔されながら(笑)ちろちろ見ながら、 考えていたことです。
2004/11/24 (水)[mleft:6753] 発達障害者支援法案について 岡部耕典です。

発達障害者支援法案が、11月22日付で、衆院内閣委員会に付託されました。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1D9A76A.htm

今国会は審議のみで次回の通常国会での成立をめざす、という情報と、参議院も含めて 今国会で通す、というのと、両方の「情報」(というより「思惑」でしょうか・・)があり、今後の 推移が注目されます。

いずれにせよ、各団体が意見をしている点がどこまで踏まえられたものとなるのかが、この 法の性格や意図を結果として明らかにするものとなり、注目されます。

山井議員のメルマガ(衆議院議員 やまのい和則 http://www.yamanoi.net/)によれば、当初案より5点が修正され提出されるが、、大きなポイントは、 この発達障害者支援法の見直しを、5年後ではなく、「3年後」に前倒ししたことのようです。

実質的な「時限立法」的要素を付け加えることで(それ自体は悪くないと思いますが)根本的 な変更は先送りするということなのでしょうか。

いずれにせよ、厚生労働委員会ではなく、内閣委員会への付託(これは、障害者基本法と同 じで、やはりその性格も福祉法ではなく理念法的である、といわざるをえないでしょう・・・現に グランドデザインには、この法案のことは、一言も入っていません)ということも含め、知的障害 のない発達障害者に者福祉サービスを利用することを可能にする法とはならないことは明らか なので、知的障害のない発達障害者に対しての福祉サービスの利用についての権利構成が 求められるところです。(が、自閉症協会等にその動きはみられないようです・・・)

発達障害者は、「精神障害者」として権利構成すればよい、ということなのでしょうか?よく知 られているとおり、知的障害は、精神保健福祉法の対象ですし、実は、知的障害のない発達 障害者が、(通院・入院・投薬があれば!)精神のほうで手帳をとることは、比較的容易です。

そういう意味では、グランドデザインでの「統合後」に、「精神障害」という「入り口」からこそっと 入れ、ということなのでしょうか・・・(現行のグランドデザイン案に、難病や高次脳機能障害は 登場しても、「知的障害のない発達障害者」は、一切登場しておらず、社保審障害部会でその ことを質問する委員もいません・・・また、グランドデザインが実施されたら、精神の分野での ホームヘルパーは実質的に使えなくなってしまうだろう、という当事者側からの悲鳴がありま すが・・・)

この法案の目的の項目に、「自立と社会参加の推進」という文言が入ったそうですが、理念法 であるならば、その意味が、問われ、どう実現されるのかが問題となります。

グランドデザインと同じく?「就労して自分で金を稼げ」ということのみに矮小化されてしまうの でしょうか・・・(汗)

(グランドデザイン全体も含め)そうであっては、ならないと思うのですが。
2004/11/20 (土) [mleft:6745] 「一昔前」の本から 岡部耕典です。

少し長いですが、ほぼ四半世紀前に出た本から引用します。

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 一方、障害者が「社会・公共」から適切な援護措置を受けようとする ならば、自分たちが障害者であることを「科学的」にも証明し、自他の 確認を得る必要があるのである。これは具体的にいえば、行政当局 が障害の程度を認定することである。
 そこで、障害者とそうでない人間をわけるところの「科学的・客観的」 な基準を設ける必要が生じてきて、それを専門家に作らせることにな る。そして、行政当局はそのような専門家である医者や心理学者など の作った基準をただあてはめることによって障害者の認定を行うわけ である。
 ここにみられるのは、一人一人の健常者が障害者に対する対応を 行政当局に求め、行政の当事者は『大切な税金を使うのだから』とい うわけで、障害の認定やその対応を専門家としての科学者に求め、 科学者は「障害者のための科学」と称してその要請に応えるという いたちごっごである。
 その結果、障害者の問題は、税金の何パーセントをどのように使っ たら最も効率的かという、一種の社会工学の問題へと還元され、また 政治のかけひきの問題とされることで、私たち一人一人から遠ざけら れてゆくのである。」(「反発達論」山下恒男 現代書館 p.87)
    山下恒男 著 反発達論 抑圧の人間学からの解放
    現代書館 (ISBN:4-7684-3429-0)  2002年7月 2,100円
    現代書館 (ISBN:4-7684-3331-6)  1980年 1,733円 絶版
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いまは、こういうことをいうとテロリストや過激派扱いされかねない 世の中かもしれません。あるいは、「当事者の戯言」と片付けられる のでしょうか?しかし、山下恒男は、心理学の研究者であり、当時の 臨床心理学会は、この本が提起した「反発達」を巡る自らのアイデン ティティをかけた議論と自己批判があったのです。(私はその同時代 人、というと年がばれますが・・・)

といっても臨床心理の現状もあまりほめられたものではないと思い ますが、現在の京極氏を初めとする「第二世代福祉学者」(古川) には、こういう「視点」や「いたみ」がなさすぎるのではないでしょうか。

相対的に若い人で、こういう議論もあったことを知らなくて、かつ、 「グランドデザインもいいんじゃないの」という人、「発達障害者支援 法のどこが問題かわからないけどね」という人には、新装版もでまし たので、ご一読をお勧めします。
2004/11/20 (土)[mleft:6744] 「介護保険への統合見送り」の新聞報道 岡部耕典です。

今朝の日経と毎日に「介護保険の20歳までの徴収範囲の拡大および 障害との統合を2006年度に施行することは見送り」という記事が載っ ています。(他誌にも載っているかもしれません)

基本的に自民党のほうからの見解なので、まだ予断は許しませんが、 「統合なきグランドデザインの実施」が確認されたら、障害者及び関連 団体は、今までの統合賛成派も反対派も玉虫色派?も、早急に、今後 のための論点整理と運動の再構築に臨まなければならないのでしょうか?

先日も、私自身の論点整理は「叩き台」としてお示ししましたが、とり急 ぎ「統合なきグランドデザイン」を前提とすると、さらに下記のようなこと が考えられます。

-------------------------------------

グランドデザインの目的は、「介護保険統合への受け皿作り」と「給付 抑制システムの組み込み」だが、前者が消えて、後者のみが残ることに なり、来年2月の通常国会であえて18年度実施の新制度のための法 改正を行わなくてはならない本来の「必然」は薄れる。

ただし、厚労省は、そうなっても2010年の再統合の線は捨てず、 その布石を打ちたいだろうし、給付抑制システムの組み込みは、財務 省との「密約」である可能性が極めて高い。また、内実が明らかにな るにつれ、ますます反発が強まることが想定されるので、制度の大枠 を確定しておかないと具体的な詳細の議論には入れない(入りたくな い)だろう。さらに、「統合もできない・グランドデザインもできない」 となると、部長クラスまでの責任問題に発展する可能性も高いので、ここ は、排水の陣で、グランドデザインの法改正を強行する構えとなるだろう。

「統合なきグランドデザイン」とは、「財源の裏付けがない『はりぼて』 デザイン」であるので、統合反対を唱えた自治体関係者も、給付抑制 策の組み込みは、ますます行って欲しいと思うはず。また、国庫負担 の義務的経費化も切望するはず。だから、ここで障害者団体側から 義務的経費化を求める動きをするのは極めて危険。もともと給付抑制 策が前提でない義務的経費化など財務省が認めるわけがない。
ここは「一般財源化も辞さず」ぐらいの気構えが必要なのではないか。
(本当に一般財源化されたら一番困るのは官僚である)

「統合反対」をとなえた団体には、「グランドデザイン粉砕」まで貫徹 する責任があるが、「統合賛成」を唱えた団体にも、その姿勢が グランドデザインという「化け物」を生んでしまったという自覚をもち、 ここはともに手を携えて、楔をうちこんでいく必要がある。

最終的には、親も当事者も、「利用者」ではないか。
「運動のための運動」でもなく「官僚や事業者の目線」でもなく、 「利用者」としての結束と、強力で明快な制度提案がないと、「国民 的理解」は得られないのではないかと思うのだけれども。

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取り急ぎのなぐりがき、ですが。
2004/11/19 (金) [mleft:6742] Re: 何かが萎えていく感じ 岡部耕典です。

>
> 介護職員を福祉士に統一、とかいう記事もありますね。
>

そのまえに、介護福祉士の昼間2年コースを終えれば、国家試験を免除する、とい うのをやめるべきですね。(介護福祉士に頭?はいらない、2年間の授業に耐える 「従順さ」があればいい、と公言しているようなものですからね)

それに、介護福祉士の授業で教えるのは、看護技術を基本にした施設環境化での 介護が中心です。それは、私たちが在宅で求める「支援」とはかなり異質のものです。

結局、国は、従順で規格化された「ジャージにポロシャツ姿の特養職員」の大量生産 をもくろんでいるわけです(苦笑)

近所の介護福祉士養成学校でも、入学したては、障害関係のボランティア活動とか にも強い関心を示しよい感性をもってくれていた学生も、たった2年間で、どんどん 「ませ」てきて、最後はいっぱしの施設職員のような態度(能力、じゃないですよ)になっ てゆく姿もありました・・・学校もやりかたによれば「軍隊」と同じ現象がおきます。

だから、こんなことをしても「太る」のは、教育関係者だけです。結局、「国家資格を作った 国の責任」として、国は、制度の利用者ではなく、「関係業界」のことを真っ先に考えて いるわけです。(私の教えている社会福祉援助技術も、社会福祉士受験の必須科目だ から、とっている人が多いわけでして・・・)

現に、介護福祉士会は大騒ぎ(大喜び?)しているようです・・・(苦笑)

介護福祉士などほっておいて、欧米ではあたりまえの「医師資格の更新制と定期研修の 義務化」を先にやってほしいものです。 ついでに、研修時には、パーソナリティ診断を必 須にしてほしい(個人的興味からは、ロールシャッハテストやってみたらおもしろい(怖い?) んじゃないかと、思うお医者さんて結構いますからね:笑)

でも、「グランドデザイン」でも同様ですよ・・・「包括支援センターの社会福祉士任用の 義務化」「ケアマネジメントの制度化」については、社会福祉士会もその姿勢と真の 専門性を問われることになるでしょうね。

学生にはいつもいってるんですが、

  生活支援と相談支援、そして自分が生きていくことは、切り離せるものではない。
  生活支援と相談支援双方に基本的に必要なのは、「自分自身の生活人としての
  あたりまえの力」と「まなざすのではない目線」だ。
  そこに一番遠いのは世の中で「先生」と呼ばれる人たちだ。
  だから、あなたたちも、どういう資格をとっても結構だけど、将来「先生」と
  呼ばれたいなら、現場の援助者を志すのは止めなさい。

そこで、「私は、社会福祉士よりも前に、調理師をとったけども、だれも、『先生』とはいって くれなかったよ。」というと、結構うけたりして(笑)。

(中略)

支援は、自分自身が「人生の当事者」であることを自覚したうえで、「当事者・利用者から 学ぶ」しかないものだと思います。
2004/11/18 (木)[mleft:6735] Re: シンポのおしらせ 岡部耕典です。

(中略)

80年代の福祉改革を、行政学の立場からみると、そのとき中央政府が自治体に権限委譲しようとした 理由は、「中央政府にとっては、年金のような受給者を法定化したプログラム(エンタイトルメント・プロ グラム)よりも、年次予算で措置される補助金プログラムのほうが、予算のコントロールが容易である。」 (西尾勝)という理由からだったといわれています。

今回のグランドデザインは、補助金もださないし、エンタイトルもおこなわないという、そして、予算のコントロールは、利用者個々人への給付抑制でおこなう、という、さらに何段階も後退した「福祉改革」となっています。

すこしでも、政治や行政と関わってきた人たちにおいては、その「本質」をわかっている人も、多いと思うのですが、まあ、それに立ち向かう政治的判断と手段が違う、のでしょうね・・・(と、務めて思うように、最近はしています:笑)
2004/11/17 (水) [mleft:6730] 発達障害者支援法案 岡部耕典です。

DPI日本会議作成の「発達障害者支援法案についての見解」を添付します。
DPI日本会議 http://www.dpi-japan.org/3actions/3-2/nego_pp/i_kyoiku041111.htm

民主党には既に提出済みで、同内容は、明日中にはDPIのホームページに載る予定だそうです。

あと、同法案の今後ですが、今国会では、与党と共同で法案提出を行い、次期通常国会では委員 会(内閣委員会)が審議を行い、必要で合意できる修正を行った上で採択するということが、与党と 民主党の担当者で合意したようです。

ということは、少なくとも今臨時国会での性急な法案の採択はおこなわないということ、また、障害者 基本法のときのように、委員会に委員長提案で提出して、審議なし、ということにはならないというこ とのようです。

今臨時国会で採択を強行すれば、否決=廃案の可能性もあったわけで、そういう意味では、発達 障害者支援法を推進している人たちにとっても「最悪のコース」は避けられたというべきなのでしょう が、あとは、「法案の中身」について、議論する姿勢、聞く耳、があるかどうかですけどね・・・・・

発達障害の定義や範囲、福祉サービスのエンタイトルメントなど、課題は山積ですし、本質論から いえば、知的障害者福祉法を発達障害者福祉法の枠組に改変することが先だし、筋でしょう。

世の中に対し発達障害者を認知させる啓発的意味合いなら、もう既に、意味を達した、といえるの ではないか、とも思うのですけど。

2004/11/17 (水)[mleft:6728] 13時間30分/月 岡部耕典です。

りんクンが交付された支援費の居宅受給者証。

「支給量等  家事援助中心 13時間30分/月」

それが、りんクンが獲得した支援費ホームヘルパーの時間数です。

ほんとうにささやかな、でも、知的障害の手帳を取れない、病院等で負ったトラウマのため 児童相談所の職員との面接もできない(手帳をもっていない児童で支援費の受給を求める と厚労省のQ&Aの「お達し」に準拠して、児相の判定を求められるのが通例です)りんクン や、その他のアスペルガーの子供たちにとっては、「偉大な一歩」ではないでしょうか。

しかも、その支給は、知的障害にはとりやすいガイドヘルプではなく、ホームヘルプのほう です・・・

医者には薬を減らしてもらえず、あげくのはてに、「なんでヘルパーなんですか!」と難詰 され、児童相談所は、「お母さんが(心理?)相談にくるならお相手しますけど」と突っぱね られ、優しげなケースワーカーは、そういう事情をわかっていながら、そこまで言われた主 治医から、「外出に付き添いが必要という診断書をもらってこい」という条件をつける・・・

でも、りんクンは、ケースワーカーの家庭訪問に耐え、りんママは、医者や福祉関係者と のやりとりに耐え、そして、堂々と、あたりまえに、勝ち取った13時間30分。

医者はあっさりと診断書を書きましたので(そりゃそうでしょう、事実必要、なのですから)ガ イドヘルプももうすぐとれて、それでも合計は、20時間ぐらいかな・・・

でも、我が家も、最初は、30時間から、でしたよ(笑)

それに、とりあえずのりんクンに、そう長時間の介護はいらないだろうし、必要な分は自費で 補ってもいいし、とにかく、早く使ってみてほしい、とりんママにお願いしました。(りんママは、 また、勇気を奮って、事業所の扉を叩いています。)

とにかく、使ってからです。そして、そこで本当に必要なら、また「交渉」すればよい。 体験的に知ったその必要性こそが、そして、心からそれを訴えることこそが、巌をも砕くパワー です。(市町村のケースワーカーは、一部の人たちがやっかみ半分で揶揄して言うような「声 の大きい人のいうことを聞く」ほど甘い人たちではありません・・・)

りんママ、そして、りんクンも、「交渉」ご苦労様でした。

しかし、多分、「交渉」はこれで終わり、ではないのです(やれやれ:笑)

でもね、それは、辛いこと・大変なこと、だけではありません。
大事なことがあります。

「交渉」は、「夢」を育て、それを「生きる」意欲とパワーを、自分自身にあたえてくれるのです。

心優しく・人間関係に敏感な、りんママが、そして、りんクンが、自らの「お兄さんにきて欲しい」と 「自己決定」し、つらい交渉過程で、耐え難きを耐えながら、その思いを確認し、育て、高めてきた ことの意味は、はかりしれないものなのです。

その「成果」としての受給者証をもって、誇らしげに、堂々と、しかし、自己選択の責任をもって、 ヘルパーを「雇う」。その結果として、本当に必要なサービスのみを(無駄遣いせずに)しかも、 ヘルパーへの思いやりも含んだ真に対等な関係がきずけるのです。(措置で、押し付けられた 他律的な関係では大変困難だったでしょう。)

ここに、措置から契約に替わった支援費制度の意味の本質があり、だまって座ればぴたりとあた る(?)「要介護認定」ではいけない、「専門家」が決めるお仕着せのケアプランではいけない、とい う大きな理由があるのです。

齊藤(明子)さんからお土産に貰った、カリフォルニアピープルファーストのバッグに、誇らしく書い てあることば。

LIVE DREAM (「夢」を「生き」よう!)

素晴らしいことばではないでしょうか・・・・・

どんなに障害が重くとも、生活に困難があっても、人から「夢」をとりあげることはできません。

「夢」は、自分だけが育むことができるものです。
「私の人生」は、「私」だけが、生きることができるものです。

国の財源には限りがあり、福祉サービスが人生のすべての願いをかなえるものではない、の はあたりまえです。

でも、だからといって「夢を訴えること」が閉ざされていいわけではないのです。

そのことが心から理解されないと、グランドデザインに込められた「悪意」は、わからないし、 「介護の普遍化」の議論も上滑りしつづけるままでしょう。

しかし・・・

介護保険制度はもちろんのこと、グランドデザインでも、高機能自閉症の人まで福祉サービ スの対象を拡大する気配は、全くありません。

「谷間の障害」のためのはずである発達障害者支援法では、「金がかかることを盛り込むと 法案がとおらなくなるから」(とはっきり聞いています)という理由で、高機能自閉症の人たち への福祉サービス拡大は、「法案」自体にありません。

グランドデザイン&介護保険統合後には、「夢を訴える入り口」が閉ざされることになる可能 性が大です。

こんなことが許されていいのでしょうか・・・?
2004/11/16 (火)[mleft:6725] RE: なくなれ、すき間と穴 岡部耕典です。

リカさん、

世の中には「すき間と穴」がいっぱいあって、 でも、それをええいと飛び越えてゆく人、 あるいはまったくその存在すら分からない人がいて、 そして、その穴やすき間にこだわって全て突っ込んで歩いて しまう人がいる。

どのタイプの人が一番効率が悪く損であるのかというと、 もちろん最後の人なのだけれども、 でも、私が一番シンパシーを感じるのも、 最後のタイプの人。

世の中の無数の「すき間と穴」はなくすことはできないけど、 でも、ひとりひとりが、無数の2足と10本の指を使って、 そのすき間を覆い、穴をふさぐことはできるのかもしれない。

無数の足がすき間をしっかりと踏みつけ、 無数の指がたしかに穴をふさいでいると実感したとき、 自分の指を腫らすまで穴にこだわる自分が変われる、 のかもしれません。

「こだわり」のオルタナティブ・ストーリーといっても、 障害の社会モデルといってもいいかもしれないけど、 「こだわりの脱構築」が必要なのではないかと思います。

リカさんが「バス降りてもいいよ」といった「勇気」 (これがどんなに現実的に大変な勇気なのかは、経験者しか わからないかもしれないけど・・・)

それは、息子さんには、すき間を踏みつける千本の足、 穴をふさぐ一万本の指に匹敵するのではないでしょうか・・・・・

リカさんのささやかで偉大な「決心」に、エールを送ります。
2004/11/16 (火)[mleft:6722] 「被保険者の拡大」のゆくえ 岡部耕典です。

昨日の社会保障審議会介護保険部会の議論を経て、毎日新聞に「被保険者の拡大の議論 は、年内の解決を断念」とありましたね。

今月頭から囁かれていたことの確認ではありますが、これで「グランドデザイン先行」の方向 性が定まったわけです。

「統合されようがされまいがグランドデザイン」あるいは「財源なきグランドデザイン」は、給付 抑制の道をひた走るでしょう。

介護保険部会は、要するに、そういうことを求めているのです。先に、給付抑制をやれよ、と。 そして無駄遣いしない「いい子」になったら、あとで、仲間にいれてやらんこともない、と。それ が最短で2年後、最長で2010年まで、ということで。

「たなからぼた餅」(介護保険の財源をあてにする)ととんでもないことになる、という好例で もあります・・・・・・・・・・
2004/11/13 (土)[mleft:6716] 天使も、悪魔も・・・ こんにちは、ちゅうちゅうです。

・・・・・

決めつけない、思い込まない、あきらめない。障害児の子育てよりも大変 なのは、彼らの周辺の人たちとの関係を育むことだとつくづく思います。
根気よく、一歩ずつ、前を見ながら進んでいきましょうね。

ではでは。
2004/11/13 (土)[mleft:6715] 11月12日社会保障審議会障害部会 ・・・・・

非常に事態は悪い、でも、手をつかねている暇もまたない、
のです。
2004/11/13 (土) [mleft:6714] 「客引き禁止」? 岡部耕典です。

東京都迷惑防止条例が改正されて、歓楽街の客引きが全面 禁止になるそうな・・・

別にキャバレーの客引きがいなくたって、全然困らないけど、 でも、なんか、「それはよいことだ」というよりは、「息苦しさ」 が先にある。

だいたい「歓楽街」なんてとこにいく人は、そういう「あやしさ」 も求めていくのだから「迷惑」ではないだろうに・・・

昔、吉祥寺の近鉄裏で店をやっていたとき(健全な?店ですよ、 知らない人のために・・・)夜遅くお客を送って車椅子を押して大 通りまでいくとき、道路をふさぐ自転車を黙って脇に寄せてくれ たりするのは、黒服のおにいちゃんだったり、超ミニのおねえち ゃんだったりした。(あの人達でしょ?「客引き」って・・・?)

別に言葉を交わしたりはしないが、ご近所の仲間となってしま えば、メガネにネクタイの酔っ払い軍団よりも、彼らのほうがよ っぽど優しい目線だったように思う。

それに比べてなんとなく気持ち悪いのは、「ガーディアンエンジェ ルス」とかいうアメリカ由来のNPO。いいおっさんとか大学生が、 そろいのベレー帽とかネッカチーフをまとったボーイスカウトの ような格好で「街の治安を監視」したり、ゴミひろったりするのだ そうだ。(でも、吉祥寺の店の近くにその事務所があったのだが、 夜の街で彼らを見かけたことはなく、ましてや車椅子を押しても らったこともない・・・)

河合香織さんの「セックスボランティア」では、「障害者は半額」 (すなわち店の取り分はなし)という出張ホストクラブが紹介さ れていて、その店長とのやり取りが結構胸をうった。(詳しく知り たい人は、本を買うか、20日のボラステの集りに行ってくださ いね・・・)

別に水商売の人達を美化するつもりも毛頭ないが、世の中の 「悪場所」を無くそうとする人達、自分のことを「守護神」だの 「天使」だのと呼んで憚らない人達に「心の悪場所」はないの だろうか・・・

ファルージャでは、どうもベトナム戦争以上の酷いことが行われ ており、その張本人のブッシュ大統領は、再選され、小泉首相 のことを「いいやつ(good man)だ!」といったとか。

「悪い冗談(bad joke)」だよね・・・・・
あるいは、「悪夢(nightmare)」ですか・・・
2004/11/10 (水) [mleft:6705] 真の「利用者本位」・「自立生活支援」の制度の実現を! 岡部耕典です。 (長文及び重複受信の方失礼します)

「グランドデザイン」についての自分なりの「意見」を一応まとめてみました。

やや感情に任せた表現もありますが(苦笑)今後参加する各方面での協議や検討の場における自分 自身の現在の論点整理のための資料として作ってみました。

感情的な以外にも、視点が偏ってたり不勉強ゆえ尽くせなかったところも多々あります。でも、それは それでいいのではないかと思う、と自己弁護しておきます。今回の「グランドデザイン」の根本的な問題 性は、整理された議論や組織だった対応だけでは崩せないところに潜んでいると考えるからです。

大きな団体としてだけではなく、あるいは団体の構成員だとしても、ひとりひとりの利用者・関係者とし て声を挙げていくことが必要だと思います。「あれか・これか」ではなく「あれも・これも」できることは全ておこなわなくてはならないのではない、ということだけではありません。

当事者・利用者・関係者の、充分に個人的で感情的で体験的な「生の声」が必要だと思うのです。
加えて、それが、練り上げられて、具体的で実効性のあるオルタナティブの提示につながる「うねり」と ならなければならないと思うのです。

11月末までの社保審の議論、12月に法改正の要綱案の作成、2月の国会審議・・・残された時間は 余りにも少なく、しかし、それこそが、今回のグランドデザインの暴力性であり、そこで判断停止したり 無力感に陥ることは、まさしく思う壺、ということになるでしょう。

再び、毎日新聞にあったオノ・ヨーコの言葉を引用させてください。

「もう(世界は)だめだと思って、それでどうするんですか。今世界は、悲観的に気持ちを持つような   ぜいたくはできない時期なんです。悲観的な気持ちというのは要するにぜいたくなんですよ。『もう   だめだ』といいながら生きているわけでしょう。例えば、アウシュビッツにいて目の前にガス室がある   時、『これはダメだ』と思う人と、『なんとか生き延びよう』と思う人がいる。生き延びようと思っている   時、ダメだと思う気持ちが入る余地はない。そうでなければ生き延びられないんです。」

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■障害当事者・制度の利用者の声を聞いてください。

 どんなに重い障害があっても地域であたりまえに暮らせる社会となることを、一番願っているのは、 障害の種別を超えて障害者の地域生活確立の実現を求める障害をもつ当事者とその支援者であり、 そのことは広く国民的支持をうけています。しかし、10月12日の社会保障審議会障害部会で発表さ れた「今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン案)」(以下「グランドデザイン」)の 内容及び策定の手続は、障害当事者や福祉関係者の主張を換骨奪胎し、その願いを打ち砕く「国民 主権」「利用者本位」の無視・行政官僚独走の産物ではないでしょうか。

■「拙速」の誤りを、二度もくりかえすのでしょうか。

 2003年開始の支援費制度は、2000年に制度の骨格だけ決める法改正を先行して行い、その細 部は、担当課長会議とQ&Aで反応をみながら、しかし、基本的には制度設計に対する行政裁量を手 放さずに決められてしまいました。
 しかし、今回の「グランドデザイン」ではさらに強引に・拙速に、同じ過ちが繰り返されようとはしている のではないでしょうか。国民不在・利用者不在の政策官僚主権の制度設計という手法自体が、「地方 分権」「利用者本位」という社会福祉基礎構造改革の理念に逆行し、財源システムの硬直性や施設の 既得権益温存をもたらした元凶であることが忘れられてはなりません。

■政策官僚の「モラル・ハザード」が問題です。

 今年の居宅介護支援費が大幅な国庫補助予算不足に陥る見通しですが、昨年7月の概算要求時 に既に4月・5月実績に基づく昨年実績予測がついていたにも関わらず、昨年実績すら下回る概算要 求しかされていない事実をどう考えたらよいのでしょうか。そもそも厚生労働省が利用予測をはるかに 下回る予算請求しかしない結果の予算不足とは「作られた予算不足」であるといわざるを得ません。  自らがかつて作った制度を自らの責任も問わず「欠陥」呼ばわりする厚生労働省の政策官僚が、 またもやニーズ調査も利用者や国民との合意形成も軽んじて、自らの過ちを糊塗するための強引な 「お手盛り新制度」への移行を進めようとしていることが看過されてよいのでしょうか。

■政策・制度の決定過程にこそ「国民主権」「利用者本位」が必要です。

 今度こそ、障害者・児に対して、真の「自己決定」「利用者本位」に基づく「地域生活」を担保できるシ ステム変更が必要です。そして、そのためには、その費用供給のしくみについては国民的議論と合 意、サービスそのものありかたについては、利用者側の納得と合意形成が不可欠です。制度の信頼 性確保には、政策・制度の決定過程こそが「透明」であるべきではないでしょうか。

 上記のような見解を前提にし、拙速の法改正と制度の実施をおこなわず、下記のような論点を中心 とする制度全体に対する利用者・支援者との間の合意形成をおこなう機会と時間が設けられることが 是非とも必要です。

要望事項(論点提示)

1.利用者の範囲について
1―1.高次脳機能障害者・難病者に加えて、知的障害をもたない発達障害児・者を対象とすること。

2.利用者負担について
2−1.市町村税非課の者については、利用者負担はゼロとするような減免基準とすること。
2−2.所得の計算にあたり、世帯単位の原則は、適用しないこと。
2−3.上記は、更生医療・通院公費についても同様とすること。

3.居宅介護について
3−1.移動介護(視覚障害者を除く)を個別給付(障害者自立支援給付)にも設け、その提供を、これまでの居宅介護事業所が他の居宅介護とあわせて総合的に提供できる方式とすること。

4.地域生活支援事業について
4−1.利用者の選択権・利用権を確保するために、地域生活支援事業を、市町村もしくは市町村の委託事業ではなく、都道府県への申請事業・及び都道府県の助成事業とすること。
4−2.地域生活支援事業に、この類型に加えて、当事者のセルフヘルプ活動を支援する「セルフヘルプ事業」、支給決定に対する「不服審査事業」を設けること。

⇒(注1

5.支給決定方式の問題

5−1.支給基準(アセスメント)は、障害の特性に応じ、家族の会ではなく、各障害当事者団体との合意をもって、現実的なものを決定すること。また、市町村ごとに、独自の基準(要綱・ガイドライン等)を作る場合は、公開を義務つけること。
5−2.支給決定過程における利用者(及び利用者の指定する支援者)の参加保障をおこなうこと。また、審査会は公開とし、希望する場合は、利用者の参加を可能とすること。
5−3.相談支援事業の利用は、居住する市町村の事業所のみに限定されることなく、利用者側から選択しうるものとすること。(関連4−1)
5−4.市町村から独立した利用者が主体の不服審査のしくみを設け、またそれを選択可能なものとすること。(関連4−2) 

⇒(注2

6.オルタナティブとしてのダイレクトペイメント

6−1.「自立生活型支援のシステム」を現実のものとするために、イギリスのコミュニティケア改革と同様に、ダイレクトペイメントを制度化し、障害の種別や程度に関わらず全ての利用者が通常の支給決定と選択可能なものとすること。
6−1.包括報酬は、ダイレクトペイメントの制度のなかに位置付け、極めて重度の障害者に限らず、選択可能なものとすること。
6−2.日常生活支援も、ダイレクトペイメントの利用を前提とし、あらゆる障害者がつかえる制度とする。

⇒(注3

7.法改正の時期

7−1.法改正および制度変更の実施については、拙速を避け、財源体系・施設サービス体系もふくめた     すべてが、その運用方式等も含めて、利用者側・事業者側の合意を得て決定したのちに総合的に     行うものとし、居宅介護と支給決定方式のみの法改正および制度変更の実施を先行させないこと。

注1) 市町村が全ての地域生活支援事業を運営することは、サービスの民営化という社会福祉基礎構 造改革の基本方針に反する。また、市町村の委託事業かつ市町村の補助事業としておこなうことは、そ れぞれの市町村唯一の事業となる可能性が極めて高く、利用者の選択権を脅かすものでもある。
今回の「グランドデザイン」の基本的視点としての「自立支援型システムへの転換」を踏まえ、個別給付 (介護給付・自立支援給付)に加えて新たに事業補助形式で新たに立ち上げる意義を鑑みれば、地域生 活支援事業とは、市町村や営利団体ではなく、セルフヘルプ活動支援を中心に組み立てられるべきである。

注2) 福祉サービスの必要(ニーズ)の判断には、「行政官・専門家・利用者」の三者が欠かせないという のが、通説であるが、今回の「グランドデザイン」においては、専門家の立場に対しては、認定基準の明確 化・ケアマネジメントの制度化・審査会の開催という形で、積極的な補強が計画されているが、他の二者に 比べて圧倒的に非対等な関係にある利用者に対する適切な手続的権利保障が計画されておらず、バラン スを欠いている。公平・公正・納得性のある支給決定システムとするためには積極的な手続的権利保障の しくみとして、審査基準の公開・支給調整過程への利用者参画保障・審査会の公開・不服審査の保障等が 必要である。
また、同様の観点から、給付の主体である居住地の市町村やその独占的委託事業者でしかサービス利用 支援が受けられず、また、支給者である市町村から独立した不服審査の仕組みがないことには問題がある。

注3) イギリスでは、1996年のコミュニティケアとダイレクトペイメント法制定により、全ての障害者を対象に(2002年からは高齢者も対象)従来のコミュニティケア(地域福祉サービス)と選択しうるものとしてダイレクトペイメントが制度化されている。その特徴は、利用側の主体性を最大限に尊重した真の「自立支援型システム」であること、かつ、自治体や事業者の中間コストを省くことで、結果的に費用対効果が最大となることにある。
 現在の包括制度の構想では、利用者は事業者の完全なコントロールのもとに置かれ、実質的な「地域施 設化」がおきる懸念が高い。また、長時間介護においては、本来、提供する便宜の内容やコスト体系・提供 主体はもっと柔軟とするほうが現実的・効率的であるにも関わらず、通常の居宅介護との整合性を図るため にそれが困難となっている。こういった問題も、包括支給や日常生活支援をダイレクトペイメントに位置付け ることで原理的には解決しうる。
2004/11/06 (土)[mleft:6694] Re: 「形式」が踊り「言葉」が踊り「法律」が踊る 岡部耕典です。

> 「グランドデザイン」「発達障害者支援法案」、全然知らないのですが、

グランドデザイン
http://www.j-il.jp/jil.files/siryou/kentoukai/syahosin1012.htm
※PDF。全部で150ページぐらいあります。JILのホームページより。

発達障害者支援法案
http://www.yamanoi.net/blog/archives/20040519hattatuhouan%20.pdf
※PDF版  「既得権益」の山ノ井議員(笑)のホームページから。

いずれも「よくできて」います。

でも、グランドデザインの「支給決定の透明化・公正化」では、利用者は支給決定過程への 参画から疎外され、知的障害のない発達障害者のために作るはずの発達障害者支援法で は、りんクンとかに対する一切の福祉サービスの受給権は規定されていません。

また、現在の「特別支援教育」の枠組みでは、うちの亮佑のような「重度障害児」は、きちんと サポートをうけて、普通学校に通えません。

日本へのケアマネジメントの伝導士といわれているイギリスのデビッド・チャリス教授は、こ のあいだ来日して、なんで日本では、全員にケアマネジメントを実施しているんだ。自分はそ んなことをひとこともいっていない。」と不思議がっていました。ちなみに、イギリスでは、 コミュニティケアと並行して、96年からダイレクトペイメントが開始され、それは全障害の 分野をカバーするばかりか、2002年から高齢者も対象とし、強力に推奨されています。

発達障害者支援法を考えた専門官とかの頭には、アメリカの発達障害者援助法(DDA: Developmental Disabilities Assitance and Bill of Right Act)が念頭にあったのだと思い ますが、DDAは、その名のとおりの権利法で、交渉過程への利用者参加は保障されて います。(ちなみに、医療や教育、ましてや治安維持!は、その目的にはありません。)

特別支援教育が標榜する個別支援計画は、アメリカの障害者教育法(IDEA:Individuals with Disabilities Education Act)にもとづき義務付けられている個別教育計画(Individualized Educational Program)を連想させますが(というか真似たのですけど)IEPは、ひとりひとり の障害児の個性と個別ニーズに基づく教育をおこなうことを学校側の義務とするために策 定されるもので、プラグラム策定においては、親の参加保障は当然であるばかりか、16歳 以上では、障害児自身の参加すら推奨されています。そして、なによりも違うのは、前提が 「どんなに障害が重くとも支援をうけて普通学校に通えるようにすること」だということです。 (ADA:障害者差別禁止法だって、脱施設だって、IDEAがなかったら出来なかった、とい われています。逆じゃないですよ・・・)

このような彼我の差を、「日本流にアレンジ」とかたづけていいものでしょうか。私には、 「換骨奪胎」ということば最も適切のように思います。

でも、一般の人が(家族や関係者でも・・・)「自立支援」「公平」「個別教育」等ということば面 で騙されてしまうのはやむを得ないと思います。そういうことを説明し、声を挙げるのが、 「専門家」「事業者」のひとたちの本来の役目じゃないのでしょうか?(利用者を「お客様」と 思っているなら、ですが)

「あんたの苦労も息子の生活の困難さも結局1.5時間さ」といわれることの親の悔しさ。 「僕には、ドラゴンがいる」ということで救われる本人の自尊感情。

そのことに自治体が向き合わず、向き合えないことを正当化することが「公正・透明なしくみ づくり」であるはずがない、のではないでしょうか。

「障害者の声を聞け」という社説を書いた人は、いまその問いにどう答えるのでしょうか・・・ (あれ以来、新聞の社説が信じられなくなりました・・・)

2004/11/05 (金) [mleft:6690] 「形式」が踊り「言葉」が踊り「法律」が踊る 岡部耕典です。

株式を本券でもっていると、いろいろややこしくなるという ことで、今日は亮佑名義の口座を開設に、証券会社に行き ました。(生まれたとき祖母にもらったJR東日本1株だけ・・・)

手続に証券会社に行くと、「親権者名義」の口座を開かされ、 何枚も何枚も書類を書かされたあげく、職業欄に、「調布養 護学校」と書かされたあげくに、「年収・金融財産・今後の資 産運用の方針欄」を「かいてもらわねばなりません」とおっし やるので、理由を聞いたら、「マネーロンダリングとかインサ イダー取引とかを防ぎ、お客様に適切な投資のご紹介やコ ンサルタントをさせていただくために」というあまりに杓子 定規なお答え。

株券といっしょに祖母が「将来実印にするように」と作ってく れた亮佑のフルネームの印鑑をぺたぺた押しながら、つい いろいろな複雑な物思い(内容はご想像にお任せします・・・) に耽っていた「親権者」の頭のなかで、ぷち、と切れる音が して、気がついたら、りんクンの「家庭教師」に30分遅刻・・・ (りんクンごめんなさい)

りんクンの支給決定は、「1.5時間×週2回」というもので、 「移動介護をつけるには、行動障害があるという医者の診断 書をもってこい」という心ないもの(なぜ心ないかというと、りん クンの主治医は、りんママが『ご意向』に背いて、ヘルパー 申請をしたことを根に持っている人。その医者に診断書を書い てくれと「お願い」させるケースワーカーの無神経さはこれい かに・・・)

それでも「自費で時間足して2時間か3時間にして使います」 というりんママを励まして、「いろいろ腹もたつことが多いが、 でも、グランドデザインとかひどいことなるまえに、貰ってお いたほうがまし」といいつつ、こんなアスペのひとのささやか なニードも叶えられない「発達障害者支援法」って、なんだか なあ、と改めて思うことしきり。

帰宅すると、亮佑の学校から、A4の紙1枚に24項目にわた って(おもわず数えてしまった・・・)びっしりと、「個別支援教育 のための個人票作成」の依頼が・・・。

今日ケンカしてきた証券会社も裸足で逃げるその項目の細か さと無意味さ、それを保護者にしこしことかけという、無神経さ にあきれつつ、でも、もっとも問題なのは、一番下に小さく書か れた署名欄・・・そこには、

「以上の実態表を関係機関に示すことを了解します。 月 日
       平成  年  月  日  保護者(記入者) 印」

いったい「関係機関」とはどこなのか、だれが「関係者」なのか、 なんのためにプライバシー情報を使うのか、と保護者会で詰め 寄る母親たちに、校長先生は、「なに、ほんの試行というか、 その程度のことで・・・」とおっしゃった、とか。

ふざけるな、といいたい。

「手間」が惜しいのではない。 「形式」が踊り、「言葉」が踊り、「法律」が踊る。 そのなかで、傷ついた人の心がかきむしられ、本当のニーズが 置き去りにされる。

まさに、マーゴリンの「ソーシャルワークの社会的構築 −やさし さの名のもとで」を地でいく話ではないでしょうか。(これ、結構 えぐいけど、援助の「専門家」を志す人には、お勧めの本です)

自分のやっていることの意味がわからない、デリカシーのない 「企業人」「行政官」「専門家」が多すぎるのではないでしょうか。

こういった風土と感性の延長に「グランドデザイン」があり、 そういった人達に「支給決定過程の透明化・公正化」が担われ るのではたまらないですけどね・・・。

2004/11/05 (金)[mleft:6688] Re: 11.3 関西行動に参加して こんにちは、ちゅうちゅうです。

・・・・・

大人になってもりょうちゃんが、りょうちゃんらしくいられること。
りょうちゃんの周囲にりょうちゃんの想いをわかってくれる人がいること。
トラブルが多い日常でも、困ったね〜、どうしようもないね〜と言いつつ、 それなりに地域で暮らせること。
望んでいるのは、それだけなんです。

・・・・・

2004/11/04 (木) [mleft:6686] RE: 介護保険統合問題勉強会報告 岡部耕典です。

○□さん、翼の会、トポスの会の皆様

こちらこそ、ありがとうございました。

精神保健福祉医療の分野は、私にもわからないことが多く、 病院での食費の負担のことなど、こちらのほうが勉強させて いただいたことが多くありました。

やはり、一番制度を知り、また、それが変わることに関心を 持つ者は、いつもそれを使い、変化の影響をうける利用者 であるということを実感しました。

断崖絶壁を登るクライマーのだれが、他人が選び、押しつ けた道具を、自分で点検もせずに用いるというのでしょうか。

傲慢な道具屋(厚生労働省)は、スポンサー(国民)の意向 も聞かず、売れ残った「グランドデザイン」印の、旧式の登山 道具を「値段が安いから」「みんなが使っているので、『公平』 だから」「専門家が推薦しているから」と、「障害をもちながら あたりまえの地域生活を送る」ということに挑むクライマー (障害者)に押しつけようとしている、という自覚があるので しょうか?

自分は山を登ることもない専門家が作った「道具」に命を託せ ない、という「登山家」の感覚が、そりゃもっともだ、という人が 多数派ではないところに、この国の悲劇があります。

でも、今からでも遅くはない。命を賭けて挑むクライマーには、 自分で選んだ「道具」を、せめて「テスト期間」と、最終選択の 自由は与えてほしいものだと思います。

人生という「登山」は「自己決定・自己責任」で行うものです。
でも、命を賭ける道具は自分で選びたい。

じゃないと、「事故」で死んでも死にきれないですよ。
「スポンサー」(納税者)が、変わりに死んでくれるわけではな く、ましてや、しょせん命をかけるクライマーに道具を作って 儲けている「道具屋」の押し売りは、どのような根拠に基づく ものなのでしょうか。(命が惜しければ、安上がりの「施設」に 戻れ、どころか、いうことを聞かないなら、着る物も与えず、 冬山に放り出すぞ、という構えです・・・)

今回の「グランドデザイン」のやりかたがなぜいけないのか。
それはそんなに難しい話ではない、のではないでしょうか。

>また、来る11月15日に、社会保障審議会障害者部会長の
  >京極高宣先生や厚生労働省障害福祉部部長が講演する「介
>護保険制度改革の改革課題」という講演会が日赤会
>館であるので参加して勉強してこようと思います。

>

京極さんや、塩田さんのほうが、立山さんから「勉強」すべきですよ。

2004/11/04 (木) [mleft:6684] Re: 11.3 関西行動に参加して 岡部耕典です。

○○さま

東京から参加した人からもメールもだいましたが、大阪、すごい盛り上が りだったようですね。

東京もがんばらなくてはなりません・・・

>  私は大阪市内でNPOで精神の作業所やGHの運営に関
> わっているPSWですが、これからというときに制限さ
> れた範囲でしか地域の活動ができなくなる危機感を持っ
> ています。また、示されている「ケアマネジメント」の
> 片棒を担ぐわけにはとてもいかないなと考えています。
>  各地での取り組みがこれからも重要だと今日は率直に
> 感じました。

おっしゃるとおりですね・・・

大阪には、障大連のお招きで、12月12日のセミナーに行きます。
グランドデザインの「解釈」について話してくれ、といわれています。

また、ソーシャルワーカーの立場としては、こちらは、東京ですが、 12月18日に東京社会福祉会のセミナーにでます。

年末発売の福祉労働で、自律/自立の観点から、介護保険、支援費 制度、グランドデザインを検討する拙文が載ります。

grand=華々しい・壮大な・威厳のある・堂々たる」などという言葉が、 既に、ネオリベ的な、や〜な響きを持っていますが・・・

私たちが求めているのは、バブリーな「これでもか・おそれいったか」の 制度ではなく、自分とその家族が、あたりまえに地域で暮らしてゆくため の、等身大の・自分自身が使いこなす・オルタナティブ・の制度です。

各地で・様々な立場で・問題意識を共有し、草の根の声を挙げて行きま しょう!
2004/10/31 (日) [mleft:6670] T さんのこと 岡部耕典です。

「元季節工」のTさん。

あなたは今、なにも迷うことはない。

「1年の半分は海外」というバックパッカーたちが、
好んで選ぶ「自動車会社の季節工という仕事。

でも、あなたの、長い長い「心の放浪の旅」は、
いつの間にかもう終りに近づいている。

時が満ち、「出会い」がTさんを変えた。

好きな彼女と彼女の故郷の村でしばし暮らす。
人生にこれ以上の喜びはなく、後悔はない。

なにかを叶えたい、と思うとき、人は強くなる。
自分が確かに掴んだものを信じること。

もし、信じることに裏切られることがあっても、
確実に残るものがあることを信じること。

Tさんのおかあさん、あなたの息子を信じましょう。
息子を信じる愚かな親でいい。それで、失敗したら、
いっしょにおろおろ泣けばいい。

人生は、メリーゴーランド。
登ったり下がったりしながらぐるぐる廻って、
いずれ停まる・・・

笑った量も泣いた量も、多いほうが勝ち、です。
2004/10/25 (月) [mleft:6655] 25日社会保障審議会障害部会(とりいそぎ、といいつつ長文です・・・) 岡部耕典です。

今日の障害部会は、前回配布の「グランドデザイン」資料の後半部分 (「新たな障害保健福祉施策を構築する」)の説明と質疑を中心に行わ れました。

介護保険その統合関係については、「新たな障害保健福祉施策と介護 保険との関係整理」という新たな資料がだされ、最後のほうで、5分ぐら いの説明がなされましたが、質疑も次回送り、また、内容も本当にとおり いっぺんのものに過ぎませんでした。

後半部分の説明と質疑から、分かったこと・確認されたことをいくつか。
(あくまで私見です)

あとの障害部会は、11月12日と11月26日と決まりました。内容は 、グランドデザインの討議が中心となる模様。明言はされませんでした が、「グランドデザイン」の内容説明は、今回までで終りで、詳細は、 質疑を通じて、委員との応酬のなかで小出しにされる範囲までと程度 のまま、一気に、「座長とりまとめ」で、「部会としてのグランドデザイ ンの承認」になだれみたい意向ではないかと思います。

同時に、介護保険との統合については、これは以前の方針どおり、 障害部会としては最後まで旗色は鮮明にせず、「介護部会の結論 を待ち」、「対象者の拡大」の結果論として、統合となる、という図式 を描いているのだと思います。

すなわち、このまま審議会の議論を見守っていると、その結果は、 11月末までに、「グランドデザインの承認」「介護保険との統合」と いうふたつのことが完結してしまうだろう、ということです。

どういう手段にせよ、異議を申し立てる期間はほとんど残されてい ません。あとは、厚生労働省が、「障害福祉サービス法(仮)」の 立法のための要綱を「粛々」と作るのみ、となってしまうでしょう。 (「社会保障審議会の承認」というのは、「関係団体&学識経験者 の承認」とイコールなので、そういうことになります。)

立法の範囲は、「給付管理制度を含む給付制度」が中心になりそう です。「施設制度そのものについては、3〜5年の範囲で(改革案 を)検討する方向。」という資料からも読み取れる説明を、今日も 事務方は繰り返していましたので。

つまり、現行の支援費制度のために2000年の福祉各法に付加 された改正部分がほぼそのまま別法に移り、改正されるということ になるのではないでしょうか。なお、その範囲には、「要介護認定」 も「認定審査会」も「ケアマネジメント」、さらに、応能負担の部分と いったものは全部入ることになると思います。

この応能負担も含めた「給付及び給付管理制度の改正」について は、厚労省は、背水の陣、といった感じです。(ただ、応能負担の ありかた(応能減免の基準)については、多少の交渉は効くので はないでしょうか。これは、実質的な費用徴収の拡大をめざす、と いうよりは「たてまえ」が勝った論点ですから・・・)

「施設制度は数年の議論とする」ということからは、「入所のホテル コストは利用者負担にする」という方針も、その議論が済むまで見送 られる可能性があるのではないか、と怪しんでいます。(ここらへん に関係が深い団体から一切ブーイングがないことは、「裏話」もある のかな、と勘ぐりたくなるところです・・・)

一方、在宅サービス(だけ)は、法改正・即実行は死守するつもり のようです。同時に、「これだけ給付抑制策を盛りこんだのだから 義務的経費化してくれ」と財務に泣きつくという筋書だそうですが、 今日の論調からいくと、どこまで義務的経費化を本気でやる気が あるかは、かなり怪しいものです・・・(そもそも、「介護保険との統合」 となれば、あらかた消えてしまう議論でもありますし)

なお、移動介護を介護給付にも自立支援給付にもしない方針は、 今回かなり(絶望的なまでに)はっきりと、確認されています。

事務方の説明では「移動介護は、事前に申請が必要なことや、 数人の利用者に1人のヘルパーでいいところを、人数分つけなくて はならないことから、個別給付はなじまないので、『事業仕立て』と したい。」という墳飯ものの説明で、改めて市町村あるいは市町村 からの委託事業である地域生活支援事業の枠組のみとしたい考え が示され、介護給付とすることの例外は「強度行動障害」が例示 されただけでした。やれやれ・・・

「市町村もしくは市町村の委託事業」とは、通常は、社協もしくは、 今までガイドヘルプを市が委託してきた事業所があればそこのみ、 ということだと思います。知的のガイドヘルプを中心とする居宅事業 所は(サポートネットなど小数の例外を除いて事業ができなくなる 恐れが大です。利用量に応じた個別給付ではなく、事業所単位 の事業補助形式ですので、当然他の市町村の利用者の利用は 不可でしょうし、一定程度以上利用の利用者には、応益負担どころ か、全額実費請求になるでしょう。

移動介護を地域生活支援事業に「落し」ておくかぎり、 今回こういったややこしいことは全て「各市町村独自の判断」という ことで逃げられる(法改正以降も国のしくみとして議論しなくてもよい) ことになります。しくみは極めて巧妙です。

事業補助形式になると、総利用量は同じでも、事業所数に比例して 補助がかさみますので、複数の事業所の設定(つまり、社協とCIL と知的ガイド事業の3つとか)は極めて困難となるでしょう。一方で、 「独占事業」となった委託事業者は、働かなくても補助金は貰えます ので、サービス提供に積極的ではなくなります。

この「移動支援事業」の受け皿に、地域療育等支援事業などを考え ている向きもあるかもしれませんが、相談支援事業が、給付判定の ほうの委託の受け皿に使われるとすると、「ケアマネのセールスマン 化」のほうに引っかかるので、これも可能性は少ないでしょう。(ただ、 最近の厚労省は、こういう「モラルハザード」は頓着しないところもあ りますので、わかりませんが・・・)

また、グランドデザインで示された「包括」が、これまで団体折衝で いわれてきた包括と違うのか同じなのかは、はっきりはわかりませ んでしたが、どちらにせよ(つまり「どっちも」)「今回の制度改正で 実現したい」旨、明言されていました。(しかも理由は「制度の自由 度を高めるため」とか!)

応益負担の減免の基準とする収入を世帯単位でみることについて は長尾委員から「(同居)同一世帯でも世帯分離は可能か」という かなり踏みこんだ質問がありましたが、「関係部署との協議事項で」 とあっさりかわされていました。(もっとも、前述のとおり、ここらへん は、まだ、ネゴしうるところではないか、と個人的には思っています が)

全体として、各論で闘うと、総論を認めることになってしまうという 介護保険との統合問題でも味わったジレンマが生まれており、 対応に苦慮するところだと思います。

しかし、すくなくとも、「応益負担」と「移動介護」については、障害 の種別・立場を超えて、細かい議論と要望をしてゆくべきと思いま す。(本当は「日常生活支援」も、なのですが・・・)

厄介なのは、「要介護認定」と「ケアマネ」と「認定審査会」です・・・ ここらへんは、基本的には、知的の地域生活支援事業関係の人達 の見識がとわれそうなところ(「影響力」があるはずなので・・・)と思う のですが。

ほぼ確実にいえることは、今回の「グランドデザイン」が実行に移さ れたなら、一番割りを食うのは、「公平・公正」の大合唱のもとに、 給付制度改革の「旗頭」にされてきた「移動介護を中心とする居宅 サービスを充分うけることができなかった(交渉力のない)知的障害 者」だと思います。(「これがあなたたちの求めたことですか」とあと で言っても、誰も得をしないので、今、言っておくしかありませんが!)

長文殴り書きですみませんでした。

ほっぶす長谷川さんか藤内さん、もしお手数でないなら、これを、 いつものように、居宅ネット、賛同団体ML,GH学会MLに流して おいていただけませんか?(私は現在モバイル環境で主宰以外 にアクセスできないのです・・・)だめなら、明日の朝には、私がしま すので。

2004/10/25 (月) [mleft:6653]  【緊急】新潟地震のこと 岡部耕典です。

新潟地震ですが、CIL新潟の関係者と連絡がとれました。

直下型のため、被害は局地的で、新潟市内は、嘘のように平穏、ということです。

取り急ぎ、特にグループホームや独居の知的障害者、行方不明の方等の安否 確認の中継をお願いし、ご返事待ちです。

しかし、そうでなくても週明けはてんやわんやと思いますので、まだ可否はわかり ません。また、「中継地点」は多いほうがいいし、もっと震源地に近いところも必要 と思います。

まず「中継地点」を決めないと、物資やお金の支援もままなりません。

新潟在住のかた、在住・在勤のかたに、そういう支援をお願いできる心当たりがあ あるかた、是非、コンタクト&ご紹介いただけませんか。

新潟に支部がある他の団体等も、そういう受け入れ窓口を開いて欲しいものだと思い ます。

知的障害者・自閉症者にとっては、むしろ、これからしばらくが、ほんとうに大変な とき、だと覆います。

よろしくお願いします。

2004/10/20 (水) [mleft:6637] 「世界は悲観的な気持ちを持つようなぜいたくはできない時期なんです」 岡部耕典です。

帰って濡れた服を換えて、新聞を見たら、オノ・ヨーコの言葉が飛びこ んできました。

「もう(世界は)だめだと思って、それでどうするんですか。今世界は、 悲観的に気持ちを持つようなぜいたくはできない時期なんです。悲観 的な気持ちというのは要するにぜいたくなんですよ。『もうだめだ』とい いながら生きているわけでしょう。例えば、アウシュビッツにいて目の 前にガス室がある時、『これはダメだ』と思う人と、『なんとか生き延び よ う』と思う人がいる。生き延びようと思っている時、ダメだと思う気持ち が入る余地はない。そうでなければ生き延びられないんです。」

ぬかるみと雨のなか、大行動に参加したみなさん、お疲れさまでした。

合羽と傘で重装備だったので、どなたが来ていたのかちゃんと把握で きていないのですが・・・

昨晩から、悔しい気持ちで一杯で、とにかく今日はみんなと濡れて歩き たい気分でした。

精神から難病まではいった当事者ばかりの交渉団に請われて、たっ たひとりの「親」として思わず訴えてしまった。

「私は親です。『統合は必然』といった育成会にも入っています。その私 がなんでここにいるのか。私の子供をあたりまえに地域で暮らすこと を支援し、本当の意味での脱施設を支えているのは、少なくとも私の 身の回りでは、残念ながら育成会ではなく、また、福祉協会でもなく、 このひとたち、自立生活運動やピープルファーストの当事者や支援者 だからなんです。」と。

先に引用したオノ・ヨーコのことばは、以下のように結ばれています。

「私は決して、ガス室がないとは言いません。けれども必ず一緒にがんば って生き延びましょうよと言いたい。一緒にやろうよ、というのは、ずい ぶん違う。力になるの。」

育成会も「統合は必然」ということは、「苦渋の決断」だったのだと思い ます。しかし、それはどこか「お世話になったところを裏切れない」と悩 む虐待施設の親の会の心根に似てはいますまいか・・・

そんな悲しい「ストックホルム症候群」を痛いほど知っているこのMLを ご覧の多くの親の立場の人たちへ。

「一緒にやろうよ」とはいいません。
「いっしょにがんばって、生き延びよう」としかいえない時代なのだと、 自分の子供とその仲間たちの身体を食らって生き延びるのは自然の 摂理に反するのだと、いいたいのです。

「みんな」の輪が、厚生労働省の思惑を超えて広がらない限り、「グラ ンドデザイン」に込められた悪意は覆すことができず、日本の福祉は 暗黒時代を迎えるでしょう。(特に「既得権益」のないみなさんは・・・!

) ちゅうたこ会のパパとママさんたちが「デモ」に行っている今日、介護の 時間は7時間以上にも及び、しかし、息子たちは、「イケ面ドラゴン」さ ん たちと「自分の好きなときに自分の財布と相談して飯を食う」生活(もっ とも、「財布」は親の財布だが・・・汗)を満喫していました。

彼らを「ガス室」に入れるわけにはいかないのです。
2004/10/19 (火) 19:51 [mleft:6634] Fw: 【重要】明日の天候と大行動について 岡部耕典です。

台風が近づいていますが、明日の大行動は「決行」と決まりました。

聾で全盲の福島智さんは「自立とは、食べたい時に、自分の懐と相談しながら飯を食う」 ことだと訴え、そのささやかなあたりまえの暮らしを守ろうとすることを、「既得権益」と言い 放つ議員に密かに共感する人がいる「国」を、私は誇りに思うことができません。

「利用者本位」「国民主権」を唱えながら、政策決定に利用者が関与し、自らの必要を訴え ることをなによりも嫌悪し、姑息な分断策を繰り出す官僚がいる役所がだす「グランドデザ イン」を、私は信用することができません。

その「グランドデザイン」とやらをちょっと前に見せてもらい、「育成会も教えてもらえない 情報を我々は厚労省と共有している」と得意げに嘯く「施設関係者」と、私は、ともに歩む ことはできません。

制度を作るという「既得権益」を決して手放そうとしない人たち。
「自己決定」ということばをいつのまにかひっこめて「選択の自由」とおきかえてしまった人 たち。

そうではない「心ある人」たちに、「生きること」と「自由」の本質を無視して「地域移行」や「施 設解体」を唱えることの愚かしさを訴えます。

「食べたいときに、自分の懐と相談しながら飯を食う飯が食いたい」ためには、死の危険を 侵してまでも(これは決して大げさではないことを多くの人が知るような事態にならないこと を心から祈ります)人たちに、それをなんとしても支えたい支援者・家族たちが加わったささ やかな「大行動」が、明日、台風のなかでおこなわれます。(もちろん障害の種別を超えて)

「心ある人」は、傘もさせず、カッパから額に滴る雨を拭うこともできない人たちのために、 すこしタオルを余分にもって、いっしょに参加してください。(両手は、車椅子を押したり、 横断幕を代わってもてるようになるべく空けて)

「大行動」は、終わりではなく、始まりです。
「誰と歩むのか」は、自分で決めてください。

(後略)
2004年10月20日 「10.20 障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動」 (2004.10.3.)
趣意書 よびかけ趣意書(ルビ) (PDF 46KB) 
よびかけビラ(ルビ)&参加申込FAX用紙 (PDF 21KB)
mleft イベント情報
2004/10/15 (金) [mleft:6626] 「既得権益」 岡部耕典です。

民主党の山ノ井さんが、自分のメルマガで「『既得権益』として多くの サービスを利用されている方々は当然大反対されるでしょうね」と、 今度の「グランドデザイン」に関して言ったそうですね・・・

「既得権益」という言葉を、様々の生活上の困難を抱える障害者や その家族が、それでも、地域で生きていきたくて、薬漬けでも施設 に閉じ込められるのでもなく生きていきたいというほんとうに人間と してあたりまえのささやかな願いを適えるために、命がけで市役所 に日参し、はらわたがちぎれるほど悔しい思いをして、そして、やっ と得たものをおとしめる言葉として吐くことが、どのような人間の 感性において許されることなのでしょうか。

あなた、それじゃ、「某渡辺オーナー」と一緒だよ。

「たかが、議員風情が」という言葉が頭を離れない私は、「未熟者」 なのでしょうね・・・

2004/10/12 (火) 21:59 [mleft:6612] 12日社会保障審議会障害部会 岡部耕典です。

障害部会、傍聴してきました。

すでに、いくつもの情報や見解が飛び交っていますが・・・

焦点は、「自律」と「負担」の問題、といえるでしょうか。

知的障害者福祉法、身体障害者福祉法、精神保健福祉法のなか で「福祉サービス」の部分が、「障害福祉サービス法(仮称)」に 統合され、各福祉法は、ほとんど「がらんどう」になります。(精神 保健福祉法は、基本的に医療法にもどる・・・)

この「障害福祉サービス法」とは、JDとかが主張している「総合 福祉法」と似て非なるものですが(スウェーデンの新援護法・LSS 法とも、もちろん)「似ている」ことで「転ぶ」人もでてくるのでは・・・

「移動介護」は実質的には消滅の危機、また、介護 保険まがいの「(認定)審査会」が最大の曲者です。

「負担」は基本的には応益1割負担プラス入所施設のホテル経費。

所得による減免は検討されますが、総所得は「世帯単位」の原則。
(ま、実質的に扶養義務者に近いですね・・・同居する成人障害者は すべてはいりますので・・・)

「負担」のほうは、今後のトレードオフで変わりうる面もあると思うが、 (というか、最初からある程度織りこみ済み・・・?)問題は、「自立支援 」。

居宅支援は、「介護給付」と「自立支援給付」と「地域生活支援事業」 に分けられます。「介護給付」は、ほぼ介護保険の居宅介護に等しく、 (これは予想どおり)「自立支援給付」は、それは名ばかりで(これは むかつく)ほぼ就労支援事業に等しい範囲しかはいらず、さらにこの 両者には、厳しい(「客観的な」だそうです!)アセスメントがつき、か かつ、「介護給付」には、要介護認定も制度化が前提にされています。
(まったく介護保険と同じ)。

「介護保険との統合については「年末までに結論」とだけで、そっけ ないですが、「介護給付」については、明らかに、「そのまま介護保 険化」を前提とした区分であることは間違いないでしょう。

一方で、「自立生活支援給付」では、要 介護認定の代りに「自立支援計画」があり、これは一見進歩(という か欧米ではあたりまえ・・・)のように見えますが、これを、いわゆる Person Centered Planning(計画過程だけでなく決定過程に当事 者参画を保障する)とする、という見識は残念ながら感じられません。

それどころか、両者とも、最終的には、専門家が構成する「審査会」 (介護保険の認定審査会のようなものと推定される)で、「審査」され るということ。そこにも当事者参加はうたわれていませんので、介護 保険におけるそれと同様、医者が決め、ほとんど問答無用(形ばか りの「不服審査制度」ができるのでしょうが!)ものとなる恐れが大 です。

これに対して、「地域生活支援事業」は、「柔軟な制度」だそうですが、 国庫補助も必ずしも前提とならない限りなく一般財源化に近いもの となるであろうことが匂わせられており、そして、「移動介護」は、「介 護」でも「自立生活支援」でもなく、「移動支援事業」として「地域生活 支援事業」のひとつに位置付けられています。

この「地域生活支援事業」の「担い手」については明確にされていま せんが、CIl等も対象にしているようでもあり、「いいや、これはほと んどの市町村で社協の独占になる」という意見もあります。いずれにせ よ、財源がほとんど担保されない、極めて脆弱な制度です・・・

岡田委員すらが「この自立の使い方には『辞書』が必要」と皮肉った ように、本来の「自立/自律」の意味はまったくなく、市町村と「専門 家」のがちがちのコントロールを前提とした制度設計が示され、それ が「自立支援システム」と称されています。

ダイレクトペイメントなど、夢のまた夢、といったところでしょうか・・・

精神障害関係は、公費負担医療の見なおし、簡単にいえば、32条 関係の廃止が検討されています。

グループホームは、噂どおり、「ケアホーム(共同生活介護)」という 介護保険の痴呆グループホーム(別名「ミニ入所施設)まがいの類型 が提示されており、「重度」はこっち、といわれているようです・・・

知的の「施設から地域」は、「自立(=自分で稼げ、ということ)」を前 提とした「自立支援給付」か、それができない奴は、ミニ施設の「ケア ホーム」へ、ということみたいです。

「(ケア付き)居住支援(事業)」とか「自立支援型事業」など、ちょっと そそられる?名前も多少あるのですが、でもこのコンテクストのなかで は、期待されるものとなることはほぼ絶望的でしょうか・・・?

今後の焦点は、「自立/自律を求めての闘い」となってくるのでしょ うが、ここらへんで「福祉」は、さて、どういうスタンスをとるのか?

「真の専門家」の見識、が改めて問われることになるでしょう。

岡田喜篤委員は、さすがに「ちょっと・・・」と思ったようで、前述の 発言でした。(今ごろ遅い、とも思いますが)でも、その程度、です。

福島智委員は、最後のほうで、「障害当事者にとっての『自立』とは、 財布の中身と相談しながら、好きなときに飯がくえることです」と言い ました。

福島さんは、いつも、まったく正しいことを言ってくれます・・・
でも、何人の委員が、それを正当な意味で理解してくれたのか・・・

そこが、今回の最大の「問題」です。

なお、資料は順次、JILがホームページにのせてくれています。

以下のURLをみてください。(すぐにWAM NETにも載るでしょうけど)
JIL資料

・・・・・そういえば、「発達障害者支援法」はどうなったのですかね?
陰も形もなかったけれど、早くも見捨てられたのでしょうか・・・?
それとも「煙幕」?

だいたいこういうところの「扱い」に、厚生労働省の「誠意」が透け てみえるようでもあり・・・

とりいそぎ。
2004/10/09 (土) 10:21 [mleft:6597] Re: りんクン 岡部耕典です。

りんクンのママ。

メールありがとうございました。
ちょっと思うところあって、個人メールの返事をMLでする非礼をお許しください。

おっしゃることはよくわかります。

りんクンのようなタイプは、結構(というか激しく)「裏表」があることとか、でも、ある程度 親しくなってくると、ややこしいこと要求するとか、想像はついています。

でもそれは、基本的に障害ゆえで、アイデンティティの境目が希薄なので、しょうがな いのですよ・・・。

でも、毎日それとつきあっているママが大変だというのは、よくわかりますよ。

「ドリルのこと」というのは、多分、ママに対するメッセージです。そして、それは、私 でも、ヘルパーでも、相談員の人でもなくて、あなたとりんクンでしか、ゴールにたどりつ けない「RPG」でしょうね。

だから、私を買いかぶらないでくださいね(笑)

りんクンが私のことを「あの人は話が分かる人だから」とか「しぶい人だね」とかいっている のは彼が投げている「球」です。無視したら「見送りの三振」でしょうが、調子に乗って手を 出したら「打ち上げフライでアウト」ですね・・・まあ、むつかしいところです。

私などは、RPGの1行の家来の「白魔法使い」、といったところでしょうか・・・(歳食って いて偉そうだけど「攻撃力」は弱い・・・:笑)

私が若かったころは、「箱庭療法」というのが流行りました(今でもありますけど・・・)
まあ、直接言語化できない(あるいは本人もわからない)葛藤や不安といったものを、箱 庭遊びをともにすることで解決していく、というものです。(「象徴」を手がかりとしてみて ゆくユング派の人が特に好きですね)

でも学生時代通っていた不登校の高校生との話は、ずっと「機動戦士ガンダム」で、それ が箱庭療法の代わりでした。

りんクンのそれは、RPGなんですよね。(でも、今の子供たちで、そういう子は多いと思い ます)

とりあえず、りんクンの開いてくれた「チャンネル」で、入ってみます。次の「ステージ」に上 がれるかどうかは、私の「経験値」が決めてくれるでしょう。

なお、その不登校の高校生は、部屋の前で半年待って、やっと会えました。でも、会えた ときは、「課題」はほとんど解決していたのです。(そのあとの「整理」をガンダムに仮託し ておこなったということ)

私は毎週1時間、部屋の前で座っていて、彼は、毎週1時間、部屋の中でうずくまってい て、でも、それぞれものすごく忙しく、「仕事」をしていたのですね・・・

でも、この人は、自我が、「硬かった」(強張っていた)のです。だから、強張りがとけたとき が終わり。

でも、りんクンの自我は、「柔らかい」(柔軟、という意味ではありません・・・)

そっと差し入れた私の自我をうけとってくれたあと、これから、が問題です。

だいぶ「イジメラレル」でしょう(笑)

ところで、私の「使命」は、りんクンの「柔らかい自我」をいっしょに「探検」しながら、早くりん クンの「ハッピードラゴン」を探すことです。

「ハッピードラゴン」に、「固い甲羅」(権威!)や「鋭い爪」(治療!)は無用です。

りんクンが乗って、ふわっとつかまれる「柔らかなたてがみ」と、彼ひとりの体重を支えて 飛べる「翼」があればいい。

ミハエル・エンデが言っているように(明示的には言ってないけど)子供が成長するために は、だれしも「ハッピードラゴン」が必要です。そして、それは、近所のおにいちゃんだった り、実のおねえちゃんだったり、学校の保健室の先生だったり、暴走族のリーダーだった り(笑)するわけです。

ただ、普通の子供と、りんクンたちが違うのは、彼らは、おそらく、「終生」、ハッピードラゴン が必要だということ。

私の昔の師匠のひとり、真木悠介(見田宗介)という人が、「まなざしの地獄」ということを 言っています。

人を判断し、評価し、変化を強いる「まなざし」。

りんクンをはじめとする「自閉人」たちは、人一倍、「まなざし」に敏感です。(彼はなぜ、大 きい目で下からまつげが生えている「タマ」をいじめるのでしょうか?)

「ハッピードラゴン」の条件は、「普通のお兄ちゃん」です。

「普通の」というのは、ジャージとスポーツシャツの健康優良児、というわけではもちろん (というか断じて?)ありません。りんクンよりは、もう少ししっかりした自我をもっていて、 できれば、自分も「まなざしの地獄」を感じられる(苦しめられてきた)人がいいと思います。

私の周りの「ヘルパー」のひとたちは、ほとんどがそういう人たちですけどね・・・

そういう人が、ある程度の時間、彼といっしょにいることで、りんクンがママに求めるもの は、ずいぶん減ると思います。

りんクンは、あのくらいの年頃の子が、本来、「ママ」には求めないことを求めているという 自分自身のジレンマに苦しみ、荒れているのだと思います。

梅ヶ丘の先生たちの好きな「風邪薬」(向精神薬)で解決できるのは、「熱さまし」(荒れるの を押さえる)だけです。それも必要なときもあるでしょう。でも、「解熱」も行き過ぎると、生き るのに必要な「体温」まで奪ってしまいますからね・・・

とりとめのないご返事で失礼しました。

それでは、また来週、りんクンにお目にかかれることを、楽しみにしています。

追伸

「時給」はいりません。
「出世払いで」と言ったでしょ(笑)
2004/09/27 (月) [mleft:6565] 自閉症に対する精神科の薬 岡部耕典です。

梅ヶ丘の市川宏伸先生の「広汎性発達障害の子供と医療」という本が、かもがわ出版 http://www.kamogawa.co.jp/ から新しく出て、内容、読みやすさ,価格、などのバランスから、自閉症と薬 の問題を考えるのにお奨めです。

そこでもはっきり言われていますが、自閉性障害の診断は、操作的判断基準によ り判定し、薬物利用は対処療法である、ということです。

すなわち、自閉症は原因も「治療」法もわからないので、外形的な「症状」で判断 し、投薬は、「症状」の改善のためにおこなう、ということですね。(これは統合失調 症などでも基本的に同じだと思います。)

ということは、目的の明確化、インフォームドコンセント、利用時の(副作用等の) 状況判断とフィードバックが重要だ、ということです。

これは、全ての医療の基本でしょうが、でも、自閉症の人たち、特に、児童の場合 には、悩ましい問題です。

というのは、市川先生にとって、上記を担保するのは、「親」なんですね・・・

だから、「おかあさんが嫌がる場合は、私は薬をだしません」となります。

それはそれで当然と思います。(結構強制する医者もいるようですけど・・・!)

ただ、親と当事者における「目的」「状況判断」が、必ずしも一致する場合だけで はありません。それと、「状況判断」についても、本人の内面的状態や苦しみを、 親がどれだけ感じ、フィードバックできるのか(しかも、自分自身が子供の「症状」 に苦しみ、追い詰められているときに!)という問題があります。

てんかん発作や、幻覚等の場合よりも、「行動障害」といわれるものが、「症状」の 場合で、「周囲が困っているから」、という場合が、特に注意が必要です。

ここらへんには、市川先生は、ちょっと、ナイーブ、のように思います。

また、市川先生は、こういった「症状」の全ては、「二次的症状」である、といっていま す。それと、学校に対して、「運動会に向けての猛練習とか過度の団体訓練とか、 大音量の音楽とかだけは止めて欲しい」と何度文中でも「懇願」しています(苦笑)。

であれば、「症状=f(本人因子,環境)」ということまでもはっきり言って欲しいところ でした。

薬で本人を「変える」だけでなく、(自分も含めた)「環境」に、まず目を向け、それに働 きかける、というのが、親の「役目」なのですが、さあ、その「目配り」と「実行」が、なか なか難しいわけです。(なにしろ、最大の環境因子は、自分自身ですし、こちらもパニ くっているのですから・・・)

知り合いの精神障害の人たちは、急性期を過ぎると、自分で自分の薬をコントロール しています。精神科の薬、特に向精神薬は、非常に副作用がきつい場合が多く、また 効きすぎると酷いことになるので、そういう場合は、医者の処方を無視して、飲まなか ったり、医者に訴えて、量を変えたり、種類を変えたりしています。そして、医者も、そ れがないと、うまく薬を調整できないようです。(なにしろ、「症状」軽減ですから、それ は本人しかわからないわけで)

我が家の場合は、私が基本的には、「薬ヤダ」派で、「んなこといったって、辛いのは かわいそうじゃん」派のかみさんと、いつも「代理戦争」しています(笑)もちろん、どち らが正しいわけでもありません。でも、その結果、多分薬は、最小限、となっているの ではないか、と思っています。

市川先生は、最終的には、「自閉症において薬の利用を全く拒否するのは、風邪でも、 熱さましと飲まないのと同じことだ」と言っています。

それは半分正しく、半分は正しくないと思います。 なぜなら、精神科の薬は、「パブロン」とは、違うのです。

また、精神科の医者は市川先生みたいな人ばかりではありません(七生の事件でも・・・)
そして、親は「医者」にも「学校」にも「近所」にも、弱く、しかし、子供に対する「最終権力 者」であることには、無自覚です。

ひとつには、

大量の薬使う前に、家にヘルパー(できれば「福祉」じゃない人:笑)をいれてみましょう。
そして、ヘルパーを入れる前とあとの違い、そのヘルパーさんの「感想」を虚心に受け止 めましょう。そのようにして子供の訴える力をヘルパーを通じて「強化」したあと、おそるお そる、冷たい視線を浴びながら、おどおどと(笑)使うものだと思います、精神科の薬とい うものは・・・

親と医者の判断だけでは、どんどんエスカレートしてしまいがちなようです。
2004/09/22 (水) [mleft:6552] 介護保険制度との統合問題・・・昨日の介護保険部会資料も踏まえて 岡部耕典です。

昨日の介護保険部会資料とか、一昨日の日経新聞とかでかなり「統合」の細部が透け てきましたが、そこらへんに注目し対処する活動が必要だと思います。

(中略)

もちろん、こういったことは全て推測であり、問い詰めても開き直られる「アドバルーン」 に過ぎないわけですが、都度こういうことにセンシティブになって、適切な「牽制」をして いかないと、「アドバルーン」は現実のものとなるでしょう。

12月の「具体的制度提案」というのは、出るときは、これまでのような「ポンチ絵」ではな くて、おそらく法改正の要綱案の形ででるのではないかと想像しますが、その時点でそ れにすばやく対処していくには、それまでの「読み」が必要です。

仮にどうしても統合されてしまうとしても、絶対これだけは阻止しなくてはならない、と いうことがあるはずだし、統合賛成という人たちでも、うっかりとりかえしのつかない内容 まで盛り込まれることは、避けなくてはならない責任があるのは当然でしょう。

そういう意味では、運動側も福祉も親の会も、統合反対派も賛成派も、それぞれの立場 から今することがあるし、立場を超えた情報交換や論点整理をしておくことが必要では ないでしょうか。
2004/09/20 (月) [mleft:6545] RE: [mlsupport-k:1780] 9月16日朝日新聞の記事をどう考えますか? 岡部耕典です。

(中略)

(「交渉」ということを言いかえれば「話しあい」のことなのですけどね・・・誰にも文句を言われない 「客観的基準」を求める、というのは、ソーシャルワークの敗北ではないですかね、○○さん?)

せんだって話題にした□○△□さんが、「自己決定権と自己決定は違う」 ということを言っていますが、「労働」が、「権利」とエンタイトルメン トされ たとたんに、義務と一体化し、労働ということが本来もつ輝きみたいなも の が失われていくことが問題ですね。

私は、働くのは嫌いですが、(自分でいうのもなんですが:笑)結構働き 者です。そして、それは自分のなかで別に矛盾していませんけどね。

そして、「働くこと」での他者に対する貢献と、そこから獲られる報酬の 多寡が、必ずしも(というか、たいていの場合)比例していないことを 体験的にも知っています。

だから、ある一定程度以上お金を稼ぐということは、一種の「ゲーム」 であって、だからといってそれは、「遊ぶ人」と定義されることもある 人間の本質からして全否定されるべきものでもないと思いますが、 「累進課税」という社会的再分配の方法っていうのは、結構現実的な ものではないかという気もします。

ちょっと脱線で、失礼しました。
2004/09/17 (金) [mleft:6538] 9月16日朝日新聞の記事をどう考えますか? 岡部耕典です。

昨日朝日新聞に掲載された記事が、かなり「波紋」を呼んでいます。

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【朝日新聞】2004年09月16日(木)
http://www.asahi.com/politics/update/0916/003.html (りんく切れ 管理者追記)

障害者「脱施設」促す 政策見直し、厚労相方針
   就労や生活を支援

坂口厚生労働相は15日、障害者が地域で生活できるようにするため政策を抜本的 に見直し、身体、知的、精神障害者向けの関連法を一体的に改正する方針を明らかに した。生活全般の支援計画を立てるケアマネジメント制度を導入するなど、障害者が 入所施設などを出て地域で暮らせるよう支援体制を強化する。05年の通常国会に改 正案を提出、09年までの段階的な実施を目指す。
 政府は、障害があっても普通の生活を送れるように社会で支えるノーマライゼー ションの促進を掲げているが、知的障害者の3割が施設に入所しているなど「脱施 設」は進んでいない。
 厚労省によると、見直しでは障害者が希望に応じて地域での生活の場を選び、暮ら すことを基本とするよう精神保健福祉法や身体障害者福祉法、知的障害者福祉法など を改正、施設での保護中心の政策を改める。
 具体的には、ケアマネジメント制度を設け、専門家が就労からホームヘルパーの派 遣など生活全般について障害者一人ひとりの計画を立てる。機能訓練などを行うデイ サービスを増やすため、公民館や小学校の空き教室を利用できるようにする。施設に いる場合も、社会とのつながりが持てるよう日中はデイサービスなどに通うようにす る。
 精神障害者については、市町村が実施主体となってホームヘルプやデイサービス事 業などを行えるよう法改正する。
 また、就労を支援するため、社会福祉法人に限られている身体・知的障害者向けの 通所施設の運営を、精神障害者と同じようにNPO法人などにも認める。
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「脱施設」と「地域移行」と「ノーマライゼーションの推進」は、理念としては、よいでしょう。

でも、「ケアマネジメント制度を設け、専門家が就労からホームヘルパーの派遣など生活 全般について障害者一人ひとりの計画を立てる。」ということは、どういう「実態」となるの でしょうか?

支援費制度の支給抑制の切り札としてケアマネジメントの導入が検討され(「公平性の 確保のために」という日本人に弱いお題目のもとに)、発達障害者支援法案では、あまりに ナイーブに、早期発見早期療育(「支援」と置き換えられていますが、そこには「福祉」は ありません)が謳いあげられる今、かなりの危機感をもって読まれるべきフレーズだと思い ます。

同じ思いをもつ明石洋子さんが、仙台の阿部幸泰さんのホームページが早速この問題を とりあげていることを教えてくれたので、紹介します。

「障害者三法・一体的改訂」の記事を目にして(9/16)
(雑学 −あるがまま、なるがまま−  http://www.h4.dion.ne.jp/~dekunobo/ より 管理者追加)

障害者ケアマネジメントが制度化されるとしたら、それは、心ある福祉関係者や当事者が これまですすめてきたエンパワメントとアドボカシー中心の(本人の主体性を奪わない) ケアマネジメントのありかたこそ担保するべきなのに・・・

アメリカの知的障害者のサービス計画作成において、Preson Centerd Planということが言 われて久しいですが、そこでは、計画の立案主体は本人であり、支援プラン立案過程にお ける当事者参加と交渉権は保障されています。(未成年の場合は、secondary consumerと して親も参画)

「自己決定」といわれ「利用者本位」といわれたことの本当の意味は、だれでも、自分の人 生の「計画」を、自分で立てる権利をもっている、ということです。それが支援付であるかな いか、の議論はあっても、それを「代行」してもいい、という議論は、本来のケアマネジメント の理念からはありえないことです。

早くも、山本真理さんなどの当事者のひとたちからは、「入所施設」という「牢獄」から出た ら「専門家支配」という「牢獄」に入れられてしまうのではないか、という危惧が多数表明さ れています。たしかに、そう読まれてもしかたのない今までの日本の福祉や医療の歴史 がある以上、福祉の専門家も、それを一笑に付すことはできないのではないでしょうか。

ところで、記事の本来のテーマである「障害者三法・一体的改訂」とは、基本的には、介護 保険制度との統合のために必要となる改正の目的を「地域生活支援の仕組みを作る」とい うオブラートに包んだものでしょうが、このような「ケアマネジメント」(あえてカッコでくくります) がセットになるのなら、「地域派&介護保険統合賛成派」のひとたちも、ここでも「肉を切らせ て骨を切る」という戦略が取りうる枠組かどうかは、よくよく考えたほうがいいのではないで しょうか。

いろいろな立場のみなさんのご意見も伺いたいところです。
2004/09/05 (日) [mleft:6501] RE: はじめまして〜昨日の講演会の感想など。 (前略)

「勉強会」、いいですね! 財源や制度がどうこう、からはじまるきっかけが、ひとりひとりの 夢や思いの確認と、それを実現するためのネットワークに結び ついてゆくことがあれば、急がば廻れ、なのだと思います。

(中略)

・・・でも、今度の中野の勉強会って、普段はあまり会わな いだろう身体の当事者と知的の親、そして事業者や福祉関係者が 一同に会したという意味では画期的だったのではないでしょうか?

上限問題もそうでしたが、介護保険との統合問題とかの一種の 「危機」って、これまであった垣根やしがらみを超えた関係をつくる (地域の境界も・・・)いい機会になるのかもしれませんね・・・!
2004/09/05 (日) [mleft:6496] やっちゃん 岡部耕典です。

(前略)

医療も療育も相談事業も、「全否定」はしませんが、まず、人が人とし て生きてゆくための、あらがいつつ支える直接の生活支援とそのため の情熱がまずありき、だと思います。

社会福祉援助技術で、「援助の技術」とは、テクニック(機械的な技術) ・アート(匠の技)・エートス(魂)の3つに分けられる、といった人が い ますが、自費で北海道まで「お迎え」にいったドラゴン氏や、噛まれた れたあざを勲章にしてドライブに連れだすうちの奥方の「エートス」 に、(地ビールで?)乾杯!

2004/09/05 (日) [mleft:6494] 「夜警支援の原則」 岡部耕典です。

障害学MLのほうでお世話になっている高機能自閉症の方がいて、その人が、 自閉症カンファレンスジャパンで発表したレジュメを、当方ホームページに 収録していいよ、ということになりましたので、ご紹介します。

「夜警支援の原則」 執筆者: こうもり氏

なお、これは、断り書きにもあるとおり、ノージックの「夜警国家論」とは無関係で、 高機能自閉症の当事者が語る「当事者が求める支援論」となっています。

レジュメといっても、文章として読んでもよくわかるので、是非どうぞ!
(特に、親、自閉症関係者、の方たち)

早期発見早期療育とか、それを旨として作られようとしてる発達障害者支援法 とかを、その「対象」となる当事者はこうとらえ、こう表現している、わけですけどね。
2004/09/05 (日) [mleft:6493] Re: 支援費制度統合問題に関する学習会のお知らせ 岡部耕典です。

昨日、中野での下記学習会を終えました。

>
> 学習会
> どうなる?支援費制度
>     ー介護保険との統合議論の中でー
>

当事者と親(セカンド・コンシューマー)、事業者と多彩な顔ぶれの研修会で、こちら も刺激的でした。

(中略)

それで、最後ちょっとキレて、「知的の人、特に児童はもっとヘルパーを使え、親はじゃま するな(特に他人をねたむな)福祉関係者とかいう人たちは、親に代わって本人の受給申 請を支援してほしい」と激(ママ)?をとばして、30分超過してしまった(失礼しました・・・)

(後略)
2004/08/29 (日) [mleft:6471] Re: 長嶋ジャパン (前略)

でも、30人に1人はADHDという統計があるそうだから、別に不思議 ではないわけで・・・(ちなみに、狭い意味での知的障害Mental Retardationは、1%、広汎性発達障害も1%とかいわれているそうだから、 ADHDが突出して多いわけではない)

こういう人達を、わざわざ他の障害、特に知的障害から「区別」して 「教育」しようとしたり特定の「法律」を作ろうとしたりする意味が、私 にはいまいち判らないのですけれど・・・

「区別」で得た「権利」「恩恵」というものは、結局、「隔離」や「差別 」に繋がりやすい気がするから。

個性を尊重する教育をする、必要とする人に福祉サービスを提供する、 ということは、もっともっと、「普通」と連続して考えられるべきと思い ます。(少なくとも、今後の努力はそういう方向で進められるべきで しょう。

(後略)
特別な理由はありませんが、 昨年の今頃より 2003.8.25. [mleft:5496] 武蔵野市民プールのヘラクレス(?)
2004/08/28 (土) [mleft:6470] 長嶋ジャパン 岡部耕典です。

オリンピックの長嶋ジャパンが帰国したのを、長嶋監督が成田の ホテルに待ち構えていて、労をねぎらったとか。

脳梗塞の後遺症で麻痺があっても、低気圧だと血栓ができる可能 性があるので飛行機に乗れず、日本からの「FAX監督」になって、 でも、会社の社長が陣頭指揮すればいいのとは違うのと同じ意味で、 それはそれで良いのではないか、と思っている。

でも、そこまでやるんだったら、麻痺や言語障害が残っていても、 TVに出たりして、がんがんやってほしかったな、とも思うのは私だけ?
(多分、本人はそうしたかったのに、周りが止めたのではないか・・・)

かつて、パーキンソンの震える身体で聖火ランナーを努めたモハメド・アリ Muhammad Ali は、最高にカッコ良かった。演出的には相当に臭かったが、でも、 それを割り引いても、アメリカの懐の深さを感じた。

反射的にMay I help you
と1歩前にでる国と、すうっと引っ込んで しまう国との差がそこにあった。(これは何回も経験済み)

んなことをいうと渡辺元オーナーに「長嶋に恥をかかすのか、この 無礼者!」とか言われるのかな。

でも、「そういうこと」が「恥」と思うなら、そのほうがよほど恥ずべき こ とであるわけで・・・

国民的アイドルの長嶋さんが「そうすること」を、周囲がむしろ勧め、 世間が喝采するのでないなら、そういう価値観の日本では、「介護 保険との統合」なんて障害者が絶対に賛成するわけがないし、 「地域福祉」なんて信じられるはずがない。

実はやったら結構「うけた」のではないかな。一番国民を信じていな いのは、むしろ「権威」やマスコミの側かもしれない・・・・・のでは?
2004/08/19 (木) [mleft:6455] 支援費居宅介護新単価案通知 岡部耕典です。

厚生労働省が、10月からの障害居宅介護支援費の単価案を都道府県等に送りました。

日常生活支援に30分単価と60分単価を新設、家事援助、移動介護に30分単価を新設する* 案となっています。一方で、知的障害への日常生活支援の適用も触れられていません。

日常生活支援は、本来見守りを含む長時間の対応を前提として作られた類型ですから、 今回のような対応は非常に問題があるといえるでしょう。

例の包括案の提示とあいまって、このような対応が進むことは、障害保健福祉部には、 パーソナルアシスタンスの概念化ができておらず、居宅介護支援のポリシーが欠落して いるということですね・・・

利用者側からの利用モデル、事業者側からのビジネスモデルの提示とすり合わせが求め られていると思います。

(後略)

* 2004/09/04 (土) [mleft:6489] 速報*日常生活支援の短時間単価設定中止

JIL等関係団体の折衝の結果、日常生活支援費の30分単位の 新単価設定が撤回されたようです。

昨日、厚生労働省より各都道府県に通知されたそうです。
2004/07/27 (火) [mleft:6427] 朝日新聞介護保険統合問題特集 (前略)

「暑い夏」ですが、「利用者の主体性とその権利に基づく制度」を求め る側としては、1歩も退くわけにはいかない、というところです。
2004/07/24 (土) [mleft:6423] お詫び:探していた「善玉ファシズム」は、「高橋源一郎」ではなくて、「高山文彦」でした・・・ 岡部耕典です。

すみません、朝方だしたメールで、「高橋源一郎」とあったのは、 「高山文彦」の誤りでした・・・

でも、おかげ様で、目的の記事も見つかりました。
もし、他に記事を探してくださっていた方がいたら、ごめんなさい・・・

お詫びに、その記事を転載しますね。

「支援費に税金を投入するなんて国民的理解を得られない」など といっている人(はこのMLには参加していないと思うけど)に見て もらうために・・・

※おりしも時代は、介護保険制度開始直後・・・・・

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2000年8月30日 日経新聞「プロムナード」

「善玉ファシズム」          高山文彦

 中学三年生の娘が夏休みの宿題に作文を出され、テーマが、 「税金について」というので驚いた。
「ちょっと、これ読んでみてよ」
 娘は小さなパンフレットを指しだしながら、 「ここに総理大臣賞をもらったって作文があるんだけどさあ、なんか あたし、変だと思うんだけど」
 ブツブツ言っている。見れば表紙には「私たちの暮しと税金」と タイトルされ、発行元が全国納税貯蓄組合連合会と財団法人大蔵 財務協会とあるので、なお驚いた。中学校がなぜ特定の団体の、 しかも自由であるべきはすの作文のテーマを「税金」に絞って 生徒にださなくてはならないのか?

 パンフレットには、内閣総理大臣賞、大蔵大臣賞、文部大臣奨励 賞の三つの入選作品が載っている。三作とも、いかに障害者や 高齢者に対して税金が役立っているのか、そのありがたさについ て語っている。優等生らしく税金を「すばらしい制度ではありませ んか」(文部大臣奨励賞)と書き、障害者である内閣総理大臣賞 に入選した中学二年の生徒は、「私が成人するまで、どれだけ 税金のお世話になるかと思うが、今は国や東京都に補助という 名目での税金を使わせてもらいながら、しっかりと勉強し、障害 者だけの偏った囲いのなかに入らず、健常者の考え方やルール などに慣れ、成人後はしっかりお返しとして、税金を払うことの出来 る人間にならなければと思いながら、がんばって勉強している」と 書く。

 まことに立派な態度だと思う。そういうと娘は、「でもなんか変」と 重ねて言うのだった。じつは私も同感である。

 こうした善く生きようとするこころは、自分自身の正しさと他者へ 向かう自己のまなざしの正しさを信じ、立派な賞に入選したりすれ ば余計にその意識は強まり、偏狭なる「善玉ファシズム」へと向かう のではないかとお節介のひとつもやきたくなる。当然、入選させた 側は作文を模範例として、つぎの生徒たちにこうして書きなさいと 指し示すわけだから、なんとも質が悪い。主催者側の作為があけ すけに見えて、気味が悪くなる。

 私たちは何代にもわたって税金をおさめてきたし、これからも おさめてゆくのだから、障害者や高齢者への福利厚生を国や 自治体がおこなうのは当然なのであって、それができないのは 近代国家とはいえない。

 心優しく責任感の強い内閣総理大臣賞の生徒君、きみは ハンディキャップによって自分の受けている教育が多くの税金 でまかなわれているからといって、必要以上に深刻になること はない。五体満足で働いている人たちは、こころのどこかで人の 役に立ちたいと思っている。少なくとも私は自力ではできないから 税金をおさめ、国や自治体にケアの充実をはかってもらいたいと 思っている。

 娘は、辛辣な批評をしたが、きっとそのことを作文で書くのだろう。
「でも書いたら、危険人物として国のコンピュータに登録されるぞ」
 言うと娘は平然として、
「この程度で賞をくれるなんて、そもそも税金についての教育をや っていないってことじゃん」
 私は、声もなかった。
     (ノンフィクション作家)
------------------------------------------------

いかがですか?

「調子のいいこと言うな」って、声も聞こえそう・・・(苦笑)

でも、「言うだけ」でも言う勇気をもち、 「ちょっとだけ」でも「かっこつける」こと、 それを昔の人は「誇り」といったんじゃなかったのか・・・

拉致被害に憤り、電車転落の自己義性的な救助を称える人だ けでなく、「あなたの介助を自力ではできないから、税金おさめて るんだぜ」と恥ずかしげに呟く人が、ひとりでも増えることを願っ います。
2004/07/21 (水) [mleft:6414] Re: (前略)
・・・・・


障害がなくてもそうだろうけど、母子だけでなく、なんか、子供があの年齢のときの 父子のつながりって、結構貴重で、あとをひく、っていうか、「父子の絆」みたいな気が します。あれがなかったら「今」(これが大変なんだ、もう・・・泣)「なにかが」もたなかっ た、みたいな気が自分でもします。

母子のような、腹を痛めて、おっぱいをあげて、という関係をもたない「父子の愛着形 成」っていうんでしょうか・・・
・・・・・
(後略)
2004/07/04 (日) [mleft:6369] 毎日新聞の「自閉症児とその家族」連載 岡部耕典です。

<中略>

障害があってもなくても同じですが、「医療はどうしても必要なときに 最小限」「教育は、矯正ではなく、本人の主体性に基づいて」だと思い ます。

そして、常時必要なのは、本人に寄り添い、社会と本人をコーディネー トするパーソナルアシスタンスを中心とした生活支援でしょう。

どう説明しても、「生活支援システム」を「早期発見早期療育システム」 としか理解しなかった人たち、「社会モデルと医療モデル」といったら、 「それよくわからないんですよねえ」と急に不機嫌になった自閉症の子供 をもつお医者さん(児童精神科医ではないですけど)のことも思いだし ます。

「リハビリ」に苦しめられてきた身体障害のひとたちの歴史、「教育」の 名のもとの収容に甘んじてきた知的障害のひとちたちの歴史があり ます。自閉症やアスペルガーを「障害」というならば、「障害」のことを もっと学ばなくてはならないのではないでしょうか。

さらに、高機能やアスペルガーの関係者が、最も「他山の石」とすべきは、 医療観察保護法が作られてしまった精神障害の分野でしょう。(もっと も、知的障害含む発達障害はすでにこの法による「強制隔離」の対象 ですけど・・・)

「医療・教育」と「隔離・矯正」を一緒にすべきではない、という声が聞 こえそうですが、歴史的にも現実的にも存在する両者の怪しい関係に 無頓着で、「自閉症スペクトラム」は他の障害と違うのだといったら、 それこそ「ナイーブ」のそしりは免れないでしょう。

だから、この記事が、「発達障害者支援法」制定のための「応援記事」 だったら、(もしそうだったら)さらに、ちょっと悲しくもあり・・・
2004/07/04 (日) [mleft:6367] 「ジェンキンス氏」再送←書きかけでおくっちゃったので <前略>

拉致問題に惑わされず、イラク問題を直視して、年金問題の 裏には介護保険との統合問題もあることを認識して、 みなさん、来週の投票だけには行きましょうね。

(なお、選挙期間中につき、このメールは、特定の政党や候補 にむけての投票行動を促すものではないことを申し添えておき ます・・・・・特定の首相や政権党を非難するものではあります けど:苦笑)
2004/06/30 (水) [mleft:6359] 6月28日社会保障審議会介護保険部会(添付ファイルあり) <前略>

しかし、いずれにせよ(いかにへなちょこでも)「ボールは投げられてしまった」わけで、参議院選終了 を横目でにらみ、次回以降の介護保険部会・障害部会の議論には目が離せないところです。

一方で、障害者(児)の地域生活支援のありかた検討委員会のほうでは、ホームヘルプサービス のこれからの国庫基準や「包括払」案等をめぐり紛糾していますし、また、明らかにバイアスのか かった結果しかでないような調査方式やサンプリング手法により、乱暴に「要介護認定は障害者に も通用する」という根拠を作ろうとする調査が(厚労省補助事業・研究責任者高橋紘士立教大教授) が、DPI等の再三の抗議と中止申し入れにもかかわらず行われ、まとめられつつあります。

言うまでもなく、6月に初旬に示されたかの「叩き台」とは、ごくごく素朴な「上乗せ・横だし」モデル にすぎず、介護保険からはみ出る部分は、100%税財源(支援費制度の一般財源化)とする案です。 母体となる介護保険を「支援保険」とかにバージョンアップさせることも、言い出しっぺの高橋委員が、 あっさり「今は無理」と否定してしまっており、統合論へと誘導する「撒き餌」であったというそしりも 免れないでしょう・・・

結局、ここらへんが介護保険を軸にしたモデルの限界なのでしょうが(最初からほとんどわかっていた ことですが!)「財源のみの確保をもとにした統合」どころか、このモデルだと、経済界と市長会の反 対を押し切って統合したら、現行の支援費制度よりさらに激しい給付抑制の嵐となるでしょう。

統合賛成?の人たちがよくいう、「(本来が金だしたくないという性向から統合反対を表明している) 経済界の反対を喜ぶ統合反対派は愚かだ」というのがありますが、これはそのまま統合賛成派にこそ あてはまることであり、介護保険に無理やり統合したら、「払い手」である経済界と「保険者」である市 町村は、支払いを抑制し、保険基金の赤字を減らすことに全力を挙げるでしょう。

特に市町村は、介護保険財政の膨張を恐れ(介護保険財政が赤字になると、『支持母体』である高齢 者の保険料徴収を増やさなければならないという、彼らが最も恐れている事態となるので)その財政余 力を保つため、本来「上乗せ・横だし」分の原資として使われなくてはならない支援費の介護保険化で 浮いた財源を極力使わず、介護保険財政のために使おうとするでしょう。(一般財源化されているので、 どう使おうと市町村の勝手ですから)

特に、全て「横だし」&一般財源化となるガイドヘルプサービスは、制度的に「支援費開始以前」に戻る だけでなく、支給抑制の目玉となり、壊滅的な打撃を蒙るでしょう。

そもそも、知的のヘルパーは、ほとんどガイドヘルプです。「今まで充分なホームヘルプ・ガイドヘルプの 支給が受けられなかった地方の知的障害者も『公平に』支給されるようになる」というのは、残念ながら、 大きな勘違いでしょう。

そして、全体の給付抑制は、現行の介護保険の錦の御旗となっている「介護予防の推進」・「(負担も・ 給付も)『公平性』の確保」の名のもとに行われるでしょうから、「長時間介護をうける全身性障害者」より むしろ、ADLの支援があまり必要ない「軽度・中度の知的障害者」「強度行動障害をもたないおとなしい 重度知的障害者」を直撃するでしょう。(「高橋調査」の結果は、「現行の支給量と要介護認定で判定 された支給量には現実的に問題となるほどの差はない―そりゃ、知的でガイドヘルプではないホーム ヘルプなんて自立生活している人以外ほとんど行われていない地方が多いのですから―という結果に なるに決まっていますので)

同様の理由で、精神障害者に対するホームヘルプは拡充しないでしょう。一方で、社会復帰施設は、 「義務的経費化」することで、医療からの参入が飛躍的に増え、介護保険化に今まで安定していなかっ た給与の安定への一縷の望みを託す既存の草の根事業者を駆逐するでしょう。(特養で既に起って しまったことです)

脅しに乗らず、プロパガンダに踊らされず、さりとて「虚無的」にもならず、「まだなにも言っていない人」は もちろんのこと、「既に言ってしまった人」も、臆せず、勇気をもって、ちゃんと見て、考えて、発言し、行動 するときでしょう。

「支援費制度と介護保険の統合をめぐって」 

私論やこちらのほうの関係者の議論・資料等を
イナッフ・フォア・トゥデイ?TOPページに、特集しています。
     http://www.eft.gr.jp/
2004/06/20 (日)[mleft:6332] 「ゆっくり」「ていねいに」「くりかえし」 <前略>

かなり前ですが、国土交通省の外郭団体の交通エコロジー・モビリティ 財団のインタビューを受けていただいた成果物として、
「ゆっくり」「ていねいに」「くりかえし」―知的障害、精神障害のあるお客様への対応―
という冊子が届いていますので、ちゅうたこサロン等の際に受けとって いただければと思います。

内容的にいえば、薄い割にはやや包括的すぎるところもありますが、 国土交通省が、公共交通機関の事業者・業務従事者のために作って 配布しているというところにまず意味がある、というところでしょうか。 (一応、国土交通省が「知的障害や精神障害人に対するバリアフリー」 を取り上げた、というところに)

------------------------以下サイト管理者追加----------------------
2004.6.18. 「われら自身の声」DPI日本会議メールマガジン(04.06.19)第64号 より
 DPI-JAPAN Mail Magazine http://www.dpi-japan.org/

6月9日全国大行動の報告

DPIホームページ↓
http://www.dpi-japan.org/2issues/2-1shienhi/kaigohoken/040609_rep01.htm

JILホームページ↓
http://www.j-il.jp/jil.files/e0609-houkoku.htm
2004/06/15 (火) [mleft:6309] 「僕らは語りあった障害福祉の未来を」ミニ書評(?) 岡部耕典です。

北岡賢剛・福岡寿・曽根直樹・根来正博各氏のトーク集、「僕らは 語りあった ――障害福祉の未来を」(ぶどう社1600円+税)が、 なかなか面白い。

編集者がつけた「障害福祉がこれからどうなっていくのか・・・(略)・・・ 4人にトークしていただきながら解き明かしていただきます」という ようなノー天気なものではもちろんなく、逆に、知的障害者の地域 福祉をここ10年間リードしてきた「伝道師」たちの、むしろ、素朴な とまどいと迷いがストレートに表現されているからである。

彼らが「グローカル」と呼ぶありかたは、最近の社会政策学で、武川 正吾さんなどが良く使う言葉で、global+localの造語であり 、本来は ネオ・リベラリズムに対抗する新しい普遍性と個別性をむすぶ枠組を さしているのだが、ここでは、それとちょっと違う意味で、「地域での 実践活動と行政(特に中央の厚生官僚)とのパイプ作りの両方に 立脚するポジションを戦略的に用いて、政策関与を行っていくありか た」と要約できるような方法論を指している。

それは、福岡さんが「団塊の世代の対決志向」という一種の原理主義 ではなく、一種の(良い意味での)「いいかげんさ」・「コマーシャリズ ム」 に立脚している。

しかし、生活支援事業の一般財源化、ホームヘルプサービス上限 問題、介護保険制度との統合問題と続く一連の政策動向のなかで、 むしろ今問われているのは、そして、著者たちの戸惑いの源泉は、 この「グローカル」という方法論そのものにあるのではないか。

もちろん、それは、著者たちだけではなく、自立生活運動のほうも同じ で、中央とのパイプと地域とに両足をかけて、存在意義を示す、という 方法論そのもののもろさと危うさが、ILで積み上げてきたパーソナル アシスタンスと、家族介護の補完のために生まれたホームヘルプ サービスが、「支援費制度」の名のもとに全国統一制度になったこと こそが、三澤さんが「肩の荷が重い・・・」と漏らす事態の根本にあるこ とは、あまりはっきり認識されていないような気がする。

社会福祉学の世界では、「当事者が社会政策を考える」というのは、 「支援者の当事者性」を唱えるのと同じくらい(というのも変な比喩だ が)違和感をもって受けとめられることなのだが、そのことを、ある 一種のコマーシャリズムをもって突破してきた(と少なくとも思ってき ていた)運動論が、ひとつの壁に突き当たっているのかもしれない。

ILと、いわゆるコーディネーター事業において奇妙に共通する閉塞感 は、これまでの地域派・施設派、当事者・援助者という枠組を問いな おし、新たな線を引きなおすことを求めている。

福岡さんが切って捨てた団塊の世代の「原理主義者」たちのなかに 混同されている「ラスト・サムライ」たちの声も聞きたい。(旭出の園長 のような「偽サムライ」ではなく)

「新しい市民(あるいは親の)運動」みたいなものも、真価を問われる ことになる。

一種の「支援費バブル」がはじけたあと、(はじけること自体は100% 政策側の責任とはいえ)それを主体的に受けとめ、新しい歩みを始め なくてはならないが・・・

まずは、介護保険との統合に反対し、一方で、旭出と七生の事件に こだわること。

そこに一連の問題の全てのエッセンスが凝縮されているように思う。

七生福祉園溺死事件を明らかにする会
http://www.eft.gr.jp/nanaojiken-kai/
2004/06/08 (火) [mleft:6294] Re: 「6.9 障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動」いよいよ明日です 岡部耕典です。

>なが〜い、なが〜い賛同団体の記述、打ち込んだパパの労力と気持ち 、

>心に伝わるものがあり、ちょっと泣けました。妻の欲目かな?(笑)

あの、コピー&ペーストしただけです(汗)

今日の朝日朝刊の「介護保険制度と障害者福祉の統合 知的障害者 団体、賛成へ」*に大騒ぎですが、良く読んでみればわかるとおり、 「統合に賛成する意見(案)」をまとめただけで、16日に理事会を開き 審議の予定、らしい。

一方で、厚生労働省は、18日の社会保障審議会で、8団体の統合へ の意思確認(踏み絵)を行い、統合したくないところの「分野」は、介護 保険との統合からはずす、というまことしやかな話も伝わってくる。

知る限り、介護保険との統合をなんとかしようという側も必死であり、 「いくも地獄、帰るも地獄」のなかで、どちらへ舵を向けたほうが、まだ サバイバルの可能性が高いか、ということなので(ただ、その判断が 180度違うけど)この後に及んで、ここでああだこうだはいうのはよ そう。

最終的には、恩恵で与えられる福祉と、ダイレクト・ペイメント& パーソナルアシスタンスの間に線が引かれるのであり、障害種別や いわゆる地域派・施設派の間に、ではない。

ただ、それは、いつのことになるか・・・

はっきりしているのは、一番あざといのは、政策官僚と御用学者、 一番苦しむのは、ひとりひとりの当事者であること・・・

「支援者としての親」も、「保護者としての親」も、心ある親は悩む、 悩まざるを得ない。

(以下、サイト管理者の追加)

※ 6.9 障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動
 “障害者の地域生活の確立実現を求め、介護保険統合にも一般財源化にも明確に反対の意志をアピールするための全国大行動”
 [呼びかけ団体] DPI日本会議・全国自立生活センター協議会・ 全国障害者介護保障協議会・全国公的介護保障要求者組合・ ピープルファーストジャパン設立準備委員会・全国ピアサポートネットワーク(設立準備会)
全国自立生活センター協議会 JIL   http://www.j-il.jp/ より

* 「意見書(案)/知的障害者福祉制度の安定と発展のために 介護保険制度との統合は<必然>」について(送付とお伺い) 2004.6.7.
 “「6.9 障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動」へは参加しません。”
 全日本手をつなぐ育成会 http://www1.odn.ne.jp/ikuseikai/ より
2004/06/06 (日) [mleft:6282] 長崎同級生殺害事件 岡部耕典です。

あの事件以来、最近の子供はわからない、ネットが悪い、 テレビが悪い、と、(特にテレビで!)大騒ぎですが・・・

インターネットカフェに、子供たちがいりびたっている、といっても、 かつてロック喫茶(歌声喫茶、ではない:笑)にいりびたった私と しては、それ自体が問題とはどうしてもおもえず・・・

だいたい、今の子供たちをエイリアンのようにいう今の大人が子供 のころはどうだったのか。

私がいた中学校は、当時の屈指の受験校でしたが、 全共闘があり、一方で近所のホームレス狩が流行っていて、 一回など住居のバラックに火をつける騒ぎがあり、危うく人殺しと なるところでしたが、だれも罰せられないというひどい状態でした。

思えば、ベトナム戦争が泥沼化し、安田講堂が陥落し、 陰惨な内ゲバ事件とオイルショックの前夜でもあり・・・ どこか今の時代背景に似ています。

当時の「悪者」は、ネットではなく、学生運動であり、音楽であり、 長髪でしたが、たとえば内ゲバは、学生運動の徹底的弾圧で壊滅 できたでしょうか。

原因を、鬱屈した時代背景への「反応」に求めるのは誤りですし、 そして、最も子供たちの心をすさませていたのは、 「ことなかれ主義」で、なにもしない「大人」だったのですが・・・

かつて流行った、Don't trust over thirty. という言葉・・・

子供は、いつの時代も「熱い」し、妥協を許さない。
「統制」では子供は変わらない。
与えるものでは子供は変わらず、 子供は常に大人を試しつづけ、その反応のみが糧となる。

それは、ちょっと自分の子供時代を振りかえってみればわかること。 (わからん人は、それ自体が、問題ではないか・・・)

街頭インタビューをうけて、「最近の子供はわからんですねえ〜」 とかいっている人たちが、本当になにかの「影響」を子供たちに 与えたいと思っているなら、(思っていないのだろうけど) バトルロワイヤルを非難しているより、イラクの自衛隊撤退の デモにでも、参加したらどうなのかな、と思いますけどね。

[mleft:6266] Re: 「6.9障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動」のお願い (添付あり) → mleft イベント情報 岡部耕典です。

6.9全国行動への参加を呼びかける以上、自らのスタンスを明らかにする意味から、 来月発行の「介護保険情報」掲載のインタビュー記事原稿を参考までに添付します。

なお、「リソースセンターいなっふ」として、6.9賛同団体の申込をし、家内と一緒に、 参加したいと思います。

同記事は、先日のJD政策会議でもレジュメ代わりに配布しましたが、「介護保険情報」 6月号は、「介護保険制度と支援費制度の統合問題」特集で、

> なお、特集では岡部さん以外に、小川泰子氏(湘南福祉ネットワーク)、中西正司氏 > (日本DPI理事)、石川治江氏(ケアセンターやわらぎ)、池田省三氏(龍谷大 > 学)、高橋紘士氏(立教大学)、坂本洋一氏(和洋女子大)、鴨下一郎氏(自民 > 党)、石毛えい子(民主党)、片山義博氏(鳥取県知事)、熊坂義裕氏(宮古市長) > などの方々へのインタビューを予定しています。
>

といわれていますので、様々な立場を巡ってのこの時期の論点整理にはいいかもしれ ません。関心のあるかたはどうぞ。
2004/05/29 (土) [mleft:6262] 早期発見早期療育 岡部耕典です。

どうしてもなじめないことば、というのがいくつかあって、 そのひとつが、「早期発見早期療育」。

人によってそこに込める実体は違うのだろうが、 「善良なる」医者や教育者が使うのはともかくとして、 (それも困ったもんだが・・・) 親や行政関係者が使うのは、いかんせんどうも・・・

少なくとも、「今どきの法案」に発見したい言葉ではない・・・

文字どおりでは「はやく見つけて、はやく治せ」という意味でしょ。
風邪薬の効能書きじゃあるまいし、とも思う。
でも、お受験世代には、うけがいいのかな・・・
(それをもって、最近の親はよく勉強してる、なんて持ち上げる 人もいたりするし)

うちの奥さんは、生まれてすぐに本当に大変だった亮佑を、 なにもわからずに、でも愛し尽くして、文字通り「唄って育てた」。

でも、そのなにもわからないなかでの葛藤で、確かに得たものが、 子供にも、そして、親にもある。

インスタントな知識を求め、頭でっかちな理解のもとに、 子供を対象化し、遠ざけてはならないのではないだろうか。

うちの場合、

「医療」からは、「もっと早くからくれば治ってたのに」といわれ、
「福祉」からは、「王子様に育てている」と非難され、

「心理」だけが、「息子さんは、着実に成長していますし、これから もするでしょう。でも、それは、普通の子供と同じではない。そのこ とをそのまま、しっかりうけとめること」と、10回以上親子面接を したあと、はじめて言った。「自閉症」ということばは、ついに口に されることもなく・・・

奥さんは、「医療」のことばに悔し泣きし、「心理」のことばには、 なぜか安心して、さめざめと、泣いていたように感じられた。

安心したのは、自分の今までの生き方と感じ方に、改めて自信を もったからだと思う。

人と人が、生きていく関係を作るにあたって、 「処方箋」で解決できることはごく少しではないだろうか。

くじけそうな気持ちを支えるエンパワメント。
ともに困難と喜びを分かち合う「同志」。

実際に手を差し伸べ、ともに過ごすことと、そこで得たものに、 価値があるように思う。
2004/05/28 (金) [mleft:6260] 採択された付帯決議と JDF 準備会要望との比較(添付あり) 岡部耕典です。

27日の障害者基本法改正案可決に際し採択された付帯決議と4月に行ったJDF準備会 としての付帯決議に対する要望との簡単な比較表を作りましたので、ご参考までに添付し ます。

やはり、「差別禁止法推進」「社会モデルの推進・「教育保障」・「政策決定における当事者 参画の明確化とモニタリングの推進」ということが、今後の重点課題ということでしょうか。



採択された付帯決議とJDF準備会要望との比較表 (PDF 19KB)
2004/05/27 (木) [mleft:6258] 障害者基本法改正可決
平成十六年五月二十七日
参議院内閣委員会

障害者基本法の一部を改正する法律案に対する附帯決議

 政府は、本法の施行に当たり、次の事項の実現に向け万全を期すべきで ある。

一、障害者施策の推進に当たっては、障害者の個人の尊厳にふさわしい生 活を保障される権利を確認した法第三条第一項の基本的理念を踏まえ、障害者が、社 会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に、分け隔てられることなく参加できるよ うにすることを基本とすること。

二、障害者の雇用・就業、自立を支援するため、障害者の地域における作 業活動の場の育成等を推進するとともに、併せて精神障害者の雇用率の適用・復職支 援、在宅就労支援を積極的に推進するため、これらについて法的整備を含め充実強化 を図ること。

三、障害者に対する障害を理由とする差別や権利利益侵害が行われた場合 の、迅速かつ効果的な救済のために必要な措置を検討すること。

四、情報バリアフリー化の推進は、障害者等のコミュニケーションの保障 に資するべきものであることにかんがみ、情報通信機器やアプリケーションの設計面 のみならず、コンテンツや通信サービスについても、手話、文字、点字、音声等の 活用による改善及び充実を促進すること。

五、障害のある児童・生徒とその保護者の意思及びニーズを尊重しつつ、 障害のある児童・生徒と障害のない児童・生徒が共に育ち学ぶ教育を受けることので きる環境整備を行うこと。

六、「障害者」の定義については、「障害」に関する医学的知見の向上等 について常に留意し、適宜必要な見直しを行うよう努めること。  また、てんかん及び自閉症その他の発達障害を有する者並びに難病に起 因する身体又は精神上の障害を有する者であって、継続的に生活上の支障があるもの は、この法律の障害者の範囲に含まれるものであり、これらの者に対する施策をきめ 細かく推進するよう努めること。

七、国連における障害者権利条約の策定等の動向を踏まえ、制度整備の必 要性について検討を行うこと。

 右決議する。
2004/05/24 (月) [mleft:6248] 発達障害者基本法要綱案 岡部耕典です。

発達障害者基本法要綱案、下記からダウンロードできます。(PDFファイル)

http://www.yamanoi.net/blog/archives/20040519hattatuhouan.pdf

発達障害者基本法要綱案 (PDF 425KB)
2004/05/08 (土) [mleft:6208] Re: TAKAMURA'S 2000 ・・・

情緒障害disorderと発達障害impairmentはもちろん違 いますが、 情緒障害になってしまった発達障害の人って多くて、その結果を もってして「問題行動」としてしまうのか、まさに「社会的に形成され た障害」disabilityとして、むしろ社会側の問題としてとらえ るのか・・・

「子供の自閉症は親のせいではない」と主張することが、親としての 自分のエンパワメントであることはよしとして、その範囲を超えて、 上記のようなデリケイトな問題から目を逸らすことに用いられては ならないと思います。

世の中には、割り切りたくても割り切ってはならないデリケイトな問題 というものがあるし、そして自閉症の人たちって、最もデリケイトな人 たちであることは間違いないのですから・・・
2004/05/08 (土) [mleft:6205] Re: TAKAMURA'S 2000 ・・・

障害があろうがなかろうが、生きていくことは、他人の「迷惑」でもあります。
迷惑をかけあって、迷惑をうけとめあって、そこで初めて、「実感をともなったルール」が できる。

そういうことを前提にする社会のほうが、私は生き易いし、多分、自閉症のひとも、生き 易いのでは、とも思います。

日本はそういう社会じゃない、という声が聞こえそうですが、だからこそ、ひとりひとりが、 「私はこうしたい」っていわなくちゃいけないのかも。

子供たちが排除されそうになったとき、まず、排除しようとした側に立つのか、排除され そうになった側に立つのか。後者でないと、私たちの子供たちは、「立つ瀬がない」ので はないでしょうか。

そういう親の「背」を見て、子供は育つ、のだと思います。
障害があろうとなかろうと。
2004/05/07 (金) [mleft:6199] Re: 「“介護保険”と“障害保健福祉施策”の関係を考える  4 . 30 公開対話集会」傍聴メモ ・・・

マイケル・オリバーは、イギリスの障害者(関連)団体を、「協力/庇護型」・「社会保障充実 型」・「消費者運動型/セルフヘルプ型」・「大衆運動/問題提起型」の4つに分類し、後者 2つに「新しい社会運動」の担い手としての期待を寄せています。8団体は、この分類の様々 な団体が混在しています。さらに、一連の活動のなかで、団体と大衆とのコミュニケーション と一体化にもいろいろな問題がでてきています。 マイケル・オリバーが述べる「新しい社会 運動」の定義には、「従来の政治から周辺化marginalされていること」というのがあるわけで、 ここらへんがどう維持されるか、後者の2分類の団体でも、今後大変難しいところです。

・・・
2004/05/07 (金) [mleft:6198] Re: TAKAMURA'S 2000 ・・・

う〜ん。自閉症の人って、そういう「道徳的価値観」「普通の感覚」みたいなものでの判 断が一番苦手なのではないでしょうか。そうすると、だれが「判断力」をもち、どのように 「行使」するのかが問題になります。

そこで「教師」が(あるいは親でも教師の立場で)判断力を行使し、自閉症の人にそういう 行動様式を叩き込む、という一種の「暴力」になってしまうと、それはあとで(寡動や主体 性のなさを含む)「問題行動」という形でしっぺ返しをうけると思います。

グッドライフの場合、ここらへんは、「反社会的行動は、本人が望む地域生活が維持できな くなるので、止める」となっています。世間の価値観(「悪い事」)、ではなくて、本人の価値 観(「施設でなく―あるいは、刑務所、精神病院ではなく―地域で暮らしたい」)が基軸に なっているところが大きな違いです。

知的障害のある人へのヘルパーが、利用者のいうことをなんでも聞く訳ではありません。 それでは、利用者の生命の維持とか、本当の「希望」が適えられない場合があるから。 でも、それは、世間の価値観の代弁者であることとは、大きく違うのです。

ここらへんは、ほとんどの「教育者」は、判ってくれませんが・・・
2004/05/04 (火) [mleft:6194] TAKAMURA'S 2000

おすすめブックリスト
岡部耕典です。

連休恒例行事の蓼科ツアーから帰ってきたら、○○さんのご紹介 で注文した相模原やまびこ会のTAKAMURA'S 2000が届いていま した。
http://www.geocities.jp/sagamiyamabiko/

とりあえず、題名でぴんときた「生理的特徴」を筆頭に、「思春期」、 「生活場面の管理」、「行動特徴」と頼んでみたのですが(なんか、 わが家の状況?がわかってしまうようで、オハズカシイ:苦笑) これがなかなかよかった、のです。

特に、「生理的特徴」の巻が秀逸で、「季節・気候条件による行動 の違い」とか「気温・湿度・気圧と行動の関係」とか、「体温調節」と かに、ちゃあんと1章が立てられているあたりは、むむ、できるな、 という感じ(笑)

全体としては、TEACCHとかもろもろでいわれていることとそう違わ ないのですが、なにしろ、長年に渡り、ものすごくたくさんの自閉症 の人と接した体験的なものであることと、その目先が、なんともいえ ず「普通」であること(妙に当事者のことが「わかる」とかすりよった りもしない)が、メジホフ先生とか、初診料にン10万円もとったりす る日本の自閉症専門医とかいう人たちにどうもなじめない私には とてもよかったです。(あと、テーマ別講演録で薄い冊子であること も・・・)

なんで学校の先生は、ああも体育祭と学芸会が好きなのか、という ことを「分析」してみたり、(お懐かしや)牧野清志先生が出てきたり するあたりも、個人的には受けてしまいましたけど、まあ、そんなこ とはいいとして、最近、厚労省きもいりで、「発達障害支援に関する 勉強会」(通称DD勉強会っていうそうで・・・)とかが開かれ、ああこれ で、日陰者の発達障害にも光があたった、などという人たち(この 人たちの念頭にある「発達障害」って、自閉症スペクトラムのみで、 アメリカでいうような知的障害もダウン症も脳性麻痺もは全て抜け 落ちているのですが・・・)がいる一方で、医療観察保護法案とか、 学校でのLD・ADHD狩り、みたいなことが進行しているときだけに、 ことさらこの「普通さ」が貴重のように思います。

「早期発見・早期療育」ということばを聞いて、「素晴らしい!」と思う 人がどう評価するかはわかりませんが、少なくとも、違いを超え るために違いを知りたい、という人にはお勧めではないでしょう か、と思った次第です。
2004/04/18 (日) [mleft:6156] 自己責任 岡部耕典です。

イラクの人質事件で、「自己責任」論が盛んである。

解放時、イラクに残りたい、と言ったことへの反発のようだ。
拘束時、「自衛隊撤退も視野に」と訴えた家族への批判もある。

結局、本人たちの記者会見は、「まだ精神状態が安定していない から」と延期され、家族は、「みんなに迷惑をかけた」との謝罪を強要 されている。(本人たちは意識していないだろうけど、あれは「言わさ ている」という意味では、「強要」であり「暴力」であるといえる) 障害の分野で「自己責任」と「迷惑」がくっつけば、「介護保険」となる が・・・(ちょっと強引ですか?:笑)

大昔、(自分の)親と口論になって、「頼んで産んでもらったわけじゃ ない」といったら、いきなり、キレられたことがある。今でも覚えてい るというのは、それがそれなりにこちらの罪償感(「申し訳ないことを 言ってしまった」という)になっているからだろうが、自分が親になって 考えてみれば、それこそが「親」が引き受けなくてはならない根源的 な宿命であった、ということもわかる。

結局、人間は、自分がごまかしている問題を素朴に付きつけられると、 キレる、恨む、非難するとかいった防衛をはかることが多いのだが・・・

七生福祉園溺死事件の件で、亡くなった佐藤進さんの健康・受診記録 を見ると、職員が、「問題行動」をなんとかしてくれ、と医者に迫り、 医者は、「職員統一のもとで」「調子に乗らないように」押えてくれと 応え、その両者が馴れあいのもとに副作用が見られるにも関わらず、 投薬をエスカレートしてゆく様が伺われる。職員の手間がかかる 「問題行動」は、「世間の迷惑」との名のもとに、副作用があるにも関わ わず薬漬けで押えこまれ、一方で、その副作用の行動障害がある ことに対する「安全確保」については、「利用者の自由の尊重」の美名 のもとにネグレクトされる。その結果起こった「事故」については、 事故の原因が特定されず、「因果関係」がはっきりしない限り、「予見 性がない」と損害賠償請求の対象にならない、と主張される・・・

物事の生起は、直接の因果関係だけによるものではない。「蓋然性」 という見かたもできる。

たとえば、自衛隊派遣は、人質事件の直接の因果関係にはないか もしれないが、問題を引き起こした枠組は、自衛隊の派遣にある。
だから、解放の条件として自衛隊の撤退がもちだされたのである。

一方で、「解放」されたのは、この人たちの「イラク貢献」が認められ たからであり、自衛隊の「人道支援」は関係ないし、ましてや、小泉 さんや川口さんの発言は「阻害要因」にしかなっていない。

とすれば、チャーター機の料金を払い、「迷惑」を謝罪するのは、 小泉さんであろう。(もちろん、靖国神社の「たまぐし料」を払った 「私人」の財布から払ってもらうのだけれども・・・)

こういう理屈が判らない裁判官であるとすると、七生福祉園事件 の勝訴はなかなか難しい・・・(でも、それを判らせる?のが弁護士 の役目?だから大石さんや黒さきさんには頑張ってほしいのだ けれども・・・)

ところで、七生側は、答弁書に「あんなに世話をしてやったのに 訴訟を起した恩知らず」と恨みつらみを書きたてていた。

「自己責任」ということが、「お上に迷惑をかけるな」ということに 結びつき、歪小化されている構図は今回の事件と一緒である。
(そこでは、なぜ「お上」(や福祉)が「お上」(や福祉)として雇わ れ、立場を得ているか、自らの「仕事」の結果の「自己責任」は とらなくていいのかということは見事にネグられている・・・)

そして、「お上」でもない人たちが尻馬にのり、同調してしまう、と いうのも世の常・・・(幸い七生事件では顕在化していないが、 潜在的には、どうだろうか。)

そういう人たちは、「公平」「公正」「平等」ということを「勇気をも ってチャレンジする人を妬み引きずりおろすこと」と勘違いして いるように思える。

そういう人たちと、身体障害の人たちの長時間介護を「不公平」 と非難し、「高齢者も障害者も『平等に』介護保険に入れ」という 人たちの論理回路は、どこか似ているのではないか。

「不公平」ならば、相対的に不利益を蒙っている人を勇気づけ、 自らの力で差を埋めることができるようにする支援をすれば良い。
(「アドボカシー&エンパワメント」って、本当はそういうことである)

「精神状態が安定してはいない」のは、解放された人たちでは なく、それを非難する人たちではないか。PTSDの治療等の名目 で、彼らに「自責の念」が起きるような圧力がかかるとしたら、 それは明らかな精神的「暴力」ではないか。

う〜ん、やっと冒頭の話に戻れましたので終わります(苦笑)
2004/04/15 (木)[mleft:6148] イラク人質開放! 岡部耕典です。

イラクの日本人「人質」が解放された。

自衛隊の撤兵もなく、 小泉首相の神経逆撫発言があったにも関わらず。

(小泉首相ではなく)川口大臣が記者会見し、 「(解放に尽力した)イラクの関係者に感謝する」 「(人質は解放されたが)全てのイラクへの渡航を禁じる」 といっている。

もう「テロには屈しない」は通用しないし、「感謝」の気持ちを 示すといったのだから・・・

「戦闘地域」から、自衛隊撤兵の即時実現を!

そうでなくては、問われるのは、わたしたち一人一人の「品性」だ。

人質の家族の人たちは、「みなさんに感謝します」といっていた。 「小泉さん」とか「政府」とか、「民主党」とかいう言葉は(当然だが) ひとこともなかった。国内の反対運動と本人たちの「善行」が明らか になることで、「無条件解放」が実現した。

だから・・・

政府ではなく、(自衛隊撤退を求めた)わたしたちひとりひとりに、 人質解放の「功績」があり、続けて闘う「責任」がある。

それを、イラクの人たちは見ている。 「いわゆるテロリスト」も。 そして世界が、なによりもひとりひとりの「良心」が・・・

改めて、自衛隊のイラク即時撤兵を、心より、求める。
2004/04/10 (土) [mleft:6119] 「原理主義」以下 岡部耕典です。

イラクの邦人人質事件で、与党ばかりか、民主党まで「自衛隊の撤退は 求めない」そうだ。理由は、「テロに屈するな」だそうで・・・

関係者が人質になっている朝日を除く他の新聞も同じ論調である。

しかし、「派遣は人道支援が目的」ならば、少なくとも、その目的は達し て いない(とイラクの人たちは思っている)と判ったのだから、自衛隊が撤 退 することには、本来なんの問題もない。

だいたい、医者でも技術者でもない自衛隊が、派遣されてできる「人道支 援」なんて、本来「治安の維持」しかないが、その存在自体が治安を乱し ているのだから、おはなしにならない。

「今回のテロリストの考えはイラク人の一部にすぎない」ならば、撤退す れ ば強力な「戻れコール」がイラクの人々から起こるはずであり、それから 改めて対応すればよい。そこで初めて、派遣は「求められた派遣」となる のだから・・・・・

結局、民主党もマスコミも自分は泥をかぶらずに「事件後」にいいポジシ ョ ンをとることに腐心している、ということになる。

日本の政党には「原理」がなく、マスコミには「正論」はないのだろうか 。

「ポピュリスト小泉」には、それじゃあいつまでも勝てないし、二大政党 制 も成り立たない。

「介護保険との統合」の議論にも似ているなあ・・・
2004/04/07 (水) [mleft:6116] 【再び】 「学校にヘルパーを!」についてのご協力ありがとうございました 岡部耕典です。

ご協力いただいた「学校にヘルパーを!」ですが、昨日の育成会政策委員会で 検討の結果、政策委員会からではなく、育成会として提言するほうがいい、とい う声があり、三役会議に挙げられることになりました。

それを前提として、当初の表紙となる文章において、教育界に刺激的?(笑)な 部分を修正したほうがいいかも、という議論があり、下記のように3番目のパラグ ラフを中心に、下記のように微調整しました。

「教育現場にヘルパーが入る」ということ自体が十分刺激的?ですから、まあ、第 一弾はこんなところで、とも思います。

一応この文案で、資料集をつけて、三役会議にあげてもらいます、ということで報告 します。

皆様、ご協力ありがとうございました。

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2004年4月6日

学校にヘルパーを!
――学校内の支援費制度に基づく福祉サービスの利用について――
全日本手をつなぐ育成会

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学校内での支援費制度に基づく福祉サ−ビスの利用を可能にして欲しい

生活支援は福祉サ−ビスとしてなされ、それは児童・生徒においても例外ではありません。
その意味で、学校内で教育を受ける時間帯及び送迎時でも、その用意と利用を可能にすべ きです。そうすることにより、特別支援教育のより一層の進展が図れるでしょう。報告書では、 この面での認識と言及が、厚生労働省との調整の必要性を含めて欠落していると考えます。
「『今後の特別支援教育の在り方について』についての見解」
全日本手をつなぐ育成会(2004年3月5日)
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学校でヘルパーが使えなくて、本人も家族もこんなに困っています
その「願い」や「悲鳴」の一部を紹介します。

学内
・ 親が学内介助をしていると、親が病気のときは学校にいけない。(肢体養護)
・ 学内介助をしている親が、腰痛や、肩、首、背中などの故障に苦しんでいる。(肢体養護)
・ 学校側より、体育の授業に親の介助を要求されているが、全部の授業は無理。(知的養護)
・ 母子家庭で働いていて、学内介助ができない。(知的養護)
・ ADHDやLDの子供たちがパニックを起こしたときには、親でも教師でもない人が間に入ってく れたほうがいい。(心障)
・ 学校にも、子供の立場に立って寄り添い、ストレスを汲み取ってくれる人が欲しい。(心障)

送迎
・ 養護学校では高等部になるとバスがなくなる。(知的養護)
・ 下に小さな子供がいる場合、幼稚園や保育園とのお迎えの時間が重なってしまう。(心障)
・ 母子家庭で仕事がしたい。ヘルパーが送迎をしてくれると働くことができる。(心障)
・ ひとりで登下校できても、事故や事件に巻き込まれることが心配。(心障)
・ 親が通学介助をしていると、親が病気のときは学校にいけない。(肢体養護)
・ 「自主登校」といっても、それができない子供に手立てがない。(知的養護)
・ 「スクールバスか自家用車」ではなく、ヘルパーが迎えにきて、帰りがけに様々な社会資源を 利用することで、社会体験の積み重ねをさせたい。(肢体養護)

行事
・ 親が介助をしないと修学旅行にいけない子供たちがいる。(知的養護)
・ てんかん発作があるため、つきっきりの介助がないと運動会に参加できない。(心障)
・ 学校行事のときは、教師も親も同席できないときが多いが、自閉症のため待つことの意味が   わからず、付き添いがないと離席してしまうので、卒業式等に参加できない。(普通級)

 障害児の教育保障のために、家族が犠牲にならなくてはならないという悲劇があります

多くの場合、学内・送迎・行事における介助は、母親を中心とする家族が行うことを強いられてお り、障害児が普通校へ通うことを希望する場合にその前提条件とされてしまう場合が多い現実が あります。そのため、母親たちは、働くこともできず、過労や腰痛等に苦しんでいます。母子家庭 や幼い兄弟姉妹のいる家庭、複数の障害児のいる家庭では、さらに悲劇的な事態が起こってい ます。
 どうしても家族が介助できない場合は、障害児本人が登校できないことになります。就学が、家族 の犠牲か本人の犠牲かの択一が前提になっています。

全てに教師の介助を期待することは、障害児自身にとっても最善とは限りません

 教育をうけることはその人の「生活」の一部ですが、教育は「生活支援」そのものではありません。 しかし、特に普通校においては、介助とは、子供が「日常生活を送るときに必要な支え」として確保 されなくてはならないのです。それを、授業中や休み時間のトイレ、着替え、移動、筆記等の補助、 運動時の補助、見守り等を全て教師の役割として期待することは、専門性の面からも体制の面から も無理があるのではないでしょうか。
 通学時の介助は、そもそも教師では物理的にも困難でしょうし、ヘルパーが行うことで、学校外の 社会体験支援となるという意見もあります。

地域や学校それぞれの対応やボランティアだけでは十分ではありません

 地域によっては、学校生活支援員制度や介助員等を設け、送迎や学内の介助を行っているところ もあります。行事等にボランティアを依頼している学校もあります。地域の支えあいと、有償・無償の ボランティアが持つ意義は大変大きなものです。
 しかしこういったしくみにおいては、それぞれの自治体や学校の判断により、対象や介助の場面や 量が限定されていることが多く、また、介助の質や供給も保障されているわけではありません。
 一方で、支援費制度は全国統一の障害児・者福祉サービスの制度であり、ニーズをもった障害児 のだれもが居宅介護サービスを申請できますし、認可された事業所から派遣されたヘルパーの対応が おこなわれます。
 障害児にとっては、学校生活も生活の一部ですから、学校内や送迎の際の介助のしくみは、まず、 支援費制度の居宅介護サービスを基本とし、それを、フォーマル・インフォーマルの地域システムで 補うことがベストではないでしょうか。

「学校にヘルパーを!」は、特別支援教育の理念の実現と円滑な実施のためのインフラです

 「障害の程度等に応じ特別の場で指導を行う『特殊教育』から障害のある児童一人一人の教育的ニ ーズに応じて適切な教育支援を行う『特別支援教育』への転換を図る」(「今後の特別支援教育の在り 方について《最終報告》」より)ならば、支援費制度のヘルパーを導入することは欠かせないインフラとな るでしょう。
 特に、普通校の普通クラスで、養護学校教員免許を持たない教師が、LD、ADHD、高機能自閉症を含 む様々な障害をもつ子供と持たない子供を担当することを想定するとき、教師に対する教育的支援と連 絡調整を行う「特別支援コーディネーター」の支援だけで、「その一人一人の教育的ニーズを把握して、 その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するために、適切な教育や指導を通じて必 要な支援を行う」(同上)ことは可能でしょうか。
 特別支援コーディネーターがスーパービジョンと連絡調整の機能を果たし、教師が、個別の教育支援 計画に基づく適切な教育や指導を行うためには、個別の児童が学校生活を送ることに対する生活困難 性は、個別教育を担保する個別生活支援(パーソナルアシスタンス)によって支えられなくてはならない と考えます。
 今こそ、「教育と福祉」の連携が必要です。「学校にヘルパーを!」は、あくまで障害児本人を中心にお き、学校と家族と地域が、連携協力していく特別支援教育の実現のための、欠かせないインフラである といえるでしょう。

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2004/03/15 (月) [mleft:6073] Fw: [ 支援システム委員会 ] 自閉症と水銀報道について 岡部耕典です。

例の「水銀事件」について、「自閉症児者を家族に持つ医師・歯科医師の会」の見解が でましたので、ご参考までに、大屋さんの許可をうけて転送します。

当然そうであろう、という結論ではありますが、聞いておかねば収まらない、という方々 のためにはやっていただいたほうがいい作業なのだとも思います。

==================================================================
>
> 自閉症協会千葉県支部の大屋です。
>
> 自閉症と水銀に関する報道に関して、自閉症児者を家族に持つ医師・歯科医師の会が
> 提言を作りました。
> ご高覧下さい。
>
> 自閉症児者を家族に持つ医師・歯科医師の会には、全国から約70名の医師・歯科医
> 師が参加しています。
> 今回の提言作成には少し時間がかかりましたが、今後も自閉症に関する医学的な提
> 言、意見を述べていきたいと思っております。
> よろしくお願いします。
>
> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
>
> 2004年3月14日
>
> 関係者各位
>
> TBSテレビ報道特集「自閉症の原因は水銀?」について
>
>
> afd水銀と自閉症に関する調査委員会
>  大屋滋 矢崎史郎 岡田稔久 木村隆 山川孔 工藤泉 竹元伸之 久保田潔
> 石川清隆 古賀義孝 田中恭子 高木佐知子 井上かんな 小澤武司 市川宏伸
>
>
>  私たちは、自閉症児者を家族に持つ医師・歯科医師の会(autism-family-doctor: > afd)のメンバーです。
>
>  3月7日にTBS系列で報道特集「自閉症の原因は水銀?」が放送されました。
> この番組では学術的に不確実な情報が、誤解を招きやすい形で報道されていました。
> そのため放送終了後から自閉症児者を抱えるご家族の間で大変な混乱が起きていま
> す。私どもafdではこの事態を重くみて、緊急に『afd水銀と自閉症に関する調査委員
> 会』を立ち上げました。医師・歯科医師であり、同時に自閉症児者を抱える家族でも
> ある両面の立場から見解をまとめましたのでここに提言させて戴きます。
>
>
>  今回の放送は『自閉症の原因は水銀であり、それはキレート治療によって治癒す
> る』、という印象を強く与えるもので、番組編集、さらにキレート治療や自閉症の水
> 銀原因説において次のような問題があると思われます。
>
> 1.今回の番組編集について
>  24分間あった放送時間のうち、自閉症の説明などについて約5分間、残りのほと
> んどの時間はキレート治療の紹介及び有効性に関する内容であり、副作用についての
> 説明はわずか約30秒ほどでした。さらに『水銀が自閉症の原因である』というよう
> な言葉をCMの直前直後に繰り返し使ったり、『キレート治療によって改善した』
> というような言葉も数回にわたり使い、キレート剤投与を自閉症の治療として強く印
> 象づける内容でした。
>  一般的に、幼児期〜学童期前半は適切な療育がなされれば特に伸びる時期です。番
> 組では、発達クリニックでの検査場面やインタビューを部分的に組み込み、専門家の
> 視点からみてもキレート治療の効果のみで伸びたと思わせる編集がなされているよう
> に感じられました。
>
> 2.キレート「治療」について
>  放送されたキレート「治療」の効果については、これを実践している家族と推奨し
> ているごく一部の学者による主観的評価であり、自閉症の治癒もしくは症状改善の評
> 価基準はきわめて曖昧でした。
>  仮に症状が改善したとしても、キレート剤投与による症状改善なのか、それとも
> 個々の成長による症状改善なのか、似通った症状を持った自閉症児においてキレート
> 剤を投与した群としなかった群での比較検討はなされたのかなど学術的・医学的な疑
> 問が残ります。
>  キレート剤投与は副作用が大きく、副作用を上回るほどの自閉症の症状改善効果が
> 証明できない限り、治療ではなくまだ研究レベルであり、私たちはこれを推奨できま
> せん。
>
> 3.自閉症の水銀原因説について
>  水銀が自閉症の原因であると断定する科学的根拠はありません。水銀と自閉症の関
> 係を示唆する一部のデータがあるのは事実ですが、水銀と自閉症の関係を否定する
> データが圧倒的です。たとえば水銀が自閉症発症の原因というのならば、水俣病など
> の水銀汚染地域において本人または次世代に自閉症児・者の数が突出するという疫学
> 的データがあるはずですが、私どもが調べてみた限りそのようなデータはありません
> でした。さらにイギリスやアメリカで行われた大規模な疫学調査の結果でも、チメロ
> サール含有のワクチンを接種と、自閉症の発生率の間に関連はみられず、今のところ
> チメロサール含有のワクチンが自閉症の原因であるとする仮説を支持する証拠はない
> のが現状です。これらの事実は、水銀と自閉症の関係を示唆する一部の研究結果は
> (a)偶然か、(b)調査方法に欠陥があったためか、(c)水銀との関係は「みかけ」上の
> もので真の原因は別にある、などによる可能性が高いことを示すものです。
>
>
>  私たちの知る限り、これまでも自閉症治療に関する様々な情報、特効薬の話題があ
> りましたが、いずれも数年で下火になっています。将来、誰もが認める結論に行きつ
> くかもしれませんが、なかなか難しいようです。いろいろな情報を横目に見ながら、
> 焦らず、地道に療育に励むのが「急がば回れ」かもしれません。
>
>  テレビ、新聞などメディア関係者の皆様には、自閉症児者を抱える親や家族の立場
> や心情を十分に理解していただくと共に、より正確で客観性のある情報を、誤解の生
> じないような形で報道していただきますようお願いします。今回の報道特集でも、自
> 閉症は親の育て方により生じるのではなく、何らかの原因による脳障害に起因する発
> 達障害であることをしっかり説明をしている点では、評価出来ます。私たちは、自閉
> 症児者の幸福に繋がるより良い報道がなされるために、可能な限り協力させていただ
> く用意があります。
>
>
> 最近の参考文献
> 「関連無し」の文献です。
>
> Madsen KM, Lauritsen MB, Pedersen CB, Thorsen P, Plesner AM, Andersen
> PH,Mortensen PB.
Thimerosal and the occurrence of autism: negative
> ecological evidence from Danish population-based data.
> Pediatrics. 2003 Sep;112(3 Pt 1):604-6.
>
> Verstraeten T, Davis RL, DeStefano F, Lieu TA, Rhodes PH, Black SB,
> Shinefield H,Chen RT;
Vaccine Safety Datalink Team. Safety of
> thimerosal-containing vaccines: a two-phased study of computerized
> health maintenance organization databases.
Pediatrics. 2003 > Nov;112(5):1039-48. Erratum in: Pediatrics. 2004 Jan;113(1):184.
>
> Stehr-Green P, Tull P, Stellfeld M, Mortenson PB, Simpson D. Related
> Articles, Links
Autism and thimerosal-containing vaccines: lack of
> consistent evidence for an association.
> Am J Prev Med. 2003 Aug;25(2):101-6.
>
> 「関連あり」の文献です。
> Geier DA, Geier MR. Related Articles, Links
> A comparative evaluation of the effects of MMR immunization and

> mercury doses from thimerosal-containing childhood vaccines on the > population prevalence of autism.
Med Sci Monit. 2004 Mar;10(3):PI33-9.
> Epub 2004 Mar 01.
>
c.f. じゃじゃ丸トンネル迷路 本当の自閉症を理解するために
2004/03/14 (日)[mleft:6072] 「 T さんの春」 岡部耕典です。

春のうららかな日曜日の工場で
きびきびと働くあなたの額には
多分まぶしい汗が光っているのだろう

その汗だけでなく
そこで得たお金だけでなく
一人暮らしの寮だけでなく
そこでできた友人だけでなく

昼休みにかけてきた携帯電話から
まぶしく伝わってくるもの
それはとりもどした自尊心

それはなににも換えがたく自立を支えるエネルギー
30年のマグマのがほとばしるひとつの春の訪れを祝う

もちろん春は夏になりやがて秋や冬もくるのだろう
ただしその先には又春が来ることも
冬の寒い心のどこかでもそのことを
信じられるようになるときあなたの
そして皆が通るひとつの旅が終わるのだろう

暖かい初春の東京の空の下から
愛知の空の下のひとりのたくましい季節工に
心よりのエールを贈る

大丈夫だれにも替わることのできない旅の辛さを
その辛さを知る者ほどあなたに優しいのだから・・・

-----------------------------

帰ってきたらヘル研「3度目の正直」お願いしたい、そうです。
企画・ウイル・グッドライフの皆さんもよろしくお願いしますね!
2004/03/14 (日) [mleft:6071] 「学校にヘルパーを」についてご協力お願いします ・・・
全日本育成会としての「特別支援教育に対する提言」・・・
そのなかに「学校への送迎や学校内のサポートについての支援費ヘルパーの利用を認める」という項目
・・・
2004/03/13 (土)[mleft:6068] ニュースステーションの「 のぞみの園」報道 ・・・・・

「真の巨悪」を見過ごしたマスコミバッシング、では終わらしてはなら ない問題だと思います。
2004/03/13 (土)[mleft:6064] Fw: 3.10「厚労省との話し合い」報告(添付ファイルあり) ピープルファーストジャパン準備委員会 040310【最終版】統合改悪計画撤回要求書 (PDF 21KB)
2004/03/12 (金) [mleft:6062] 8団体の「介護保険と障害者施策の統合に関する質問」 岡部耕典です。

昨日の8団体と厚生労働省との「勉強会」において、8団体側が提出した 「介護保険と障害者施 策の統合に関する質問 」を転載します。

介護保険制度との統合に反対でも賛成でも、最低限ここだけは聞かなくては、また、その情報が 全国のサービスの利用者に共有されなくては、判断できないではないか、という点をまとめたもの になっています。

8団体としては、今後の話し合いをこの「質問」に対する回答をうける形で進めたい、という要望を 行い、厚労省側も、しぶしぶ?それを受入ました。(が、昨日の話し合いでは、ほとんど具体的な 説明はできないままに終わり、次週に持ち越しとなりました。)

また、介護保険制度の統合問題に関する厚労省と当事者側の公開フォーラムも要望し、国会会期 の関係等踏まえて、現在4月末を目安に調整を開始しています。

==========================================================================

平成16年3月11日

厚生労働省 障害保健福祉部長
塩田幸雄 様

介護保険と障害者施策の統合に関する質問

 日頃より障害者福祉の向上にご尽力いただき感謝申し上げます。
 さて、介護保険と障害者施策の統合の是非について、1月29日から6回にわたる検討の場を障害者8団体と厚生労働省との間で持ってきました。しかしながら、まだなお多くの課題があり、さらなる検討が必要であると考えおります。また、私たち障害者8団体の会員のみならず、多くの障害者及びその関係者もこの問題について大きな関心を持っています。つきましてはこれまでの検討の内容を踏まえ以下の質問をさせていただきますので、現段階におけるお考えを早急に示していただけますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。



(全体施策との関係)

1. 介護保険を障害者施策に適用する場合、現行の全ての障害施策について、介護保険の対象になるもの、支援費の対象となるもの、措置の対応となるもの、その他の各種施策での対応になるものがあると考えられるが、その全体像についてどう考えられているのか。

  一例としてあげれば、
 ・支援費の居宅サービス・施設サービス
 ・通所授産施設・小規模通所授産施設・小規模作業所、就労支援施策
 ・ガイドヘルプ(移動介護)
 ・手話通訳
 ・日常生活用具、補装具
 ・更生医療
 ・精神障害者の福祉と医療との範囲
  など、現行の全ての障害者施策について示していただきたい。

2.介護保険を障害者施策に適用した場合、支援費制度はどうなるのか。

3.障害者の地域生活支援システムという観点から、介護サービスを底上げしていく展望があるのかどうか

4.介護保険(メインシステム)及び介護保険以外の施策(サブシステム)の組み合わせについて、高齢者施策の現状では介護保険以外のサブシステムが十分機能していない。介護保険を障害者に適用した場合、サブシステムは高齢者施策以上に重要になってくるが、これについてどのように考えられているのか。

(理念について)

5.現状の障害者施策と介護保険において、「自立」「社会参加」などの概念が違うと思われるが、これについてどのように考えられているのか。

6.介護保険を障害者施策に適用した場合、今後の施設からの地域生活移行についてどのような方向性・展望をもたれているのか。

(利用者負担について)

7.障害者を統合する場合に保険料や利用者負担の低所得者に対する方策について、現行より新たなものを考えているのか。

(申請・契約などの利用援助について)

8.視覚障害者・聴覚障害者については、支援費においても手続き支援、コミュニケーション支援が不十分であり、申請や事業者との契約ができないためにサービスを利用しづらい状況がある。現行の介護保険には、手続き支援、コミュニケーション支援の点でさらに不安があり、これついてどのような対応を考えられているのか。

(要介護認定について)

9.介護保険の79項目のアセスメントでは、全身性障害・知的障害・精神障害・視覚障害者・聴覚障害者・言語障害等、多様な障害のアセスメントを行う際に十分ではないと思われるが、これについてどう考えられているのか。また、障害者にとって重要な社会参加のニーズのアセスメントについてどう考えられているのか。

(ケアマネジメントについて)

10.現行の障害者ケアマネジメントと介護保険の居宅介護支援では理念・手法・従業者の養成などに多くの違いがあるが、これをどのように考えられているのか。

11.サービスがケアプラン通りに行われる介護保険に比べ、支援費のサービス利用は比較的自由度が高くなっているが、これについてはどう考えられているのか。

(支給限度額について)

12.介護保険の支給限度額ではサービスが不足する障害者がでてくるが、この対応として具体的にどのような方策が講じられるのか。税による二階建ての仕組みが検討されているという報道もあるが、税による二階建ての仕組みをとる場合、税部分の財政安定化を図るために具体的にどのような方策が講じられるか。

13. 要介護認定が仮に3ないしは4の場合であっても、税による二階建てサービスが展開し得るのかどうか

(ホームヘルプサービスについて)

14.介護保険ホームヘルプは本人への支援のみに限定されるため家事援助の不適正事例が定められているが、障害ホームヘルプでは障害者が自立して生活するための援助が目的のため子育て支援や家族も含めた家事援助も認められている。これについてはどう考えられているのか。

15.視覚障害者の透析利用者の身体介護を伴うガイドヘルプについて、介護保険の中でどう対応するのか。

16.現行では精神障害者のホームヘルプサービスの認定に医者がかかわっているが、介護保険ではどうなるのか。 17.介護保険ではホームヘルパー資格3級以上を必要とするが、支援費では日常生活支援、ガイドヘルパー(視覚障害・全身性障害・知的障害)の障害独自の資格制度があり、これについてはどう考えられているのか。 (グループホームについて)

18.グループホームについて支援費では出身地の市町村が支援費を支給しており、介護保険ではグループホームのある居住地の市町村が被保険者になっていることの違いがあるが、これについてはどう考えられているのか。

19.介護保険のグループホームは他の居宅サービスとの併給ができないが、支援費のグループホームはホームヘルプ、ガイドヘルプの併給ができている。これについてはどう考えられているのか。

(給付方法)

20.給付方法についてダイレクトペイメントの導入の意思があるか回答を要求したい。

   要 望 団 体
   社会福祉法人 日本身体障害者団体連合会 会長  兒玉 明
   日本障害者協議会            代表  河端 静子
   特定非営利活動法人 DPI日本会議   議長  山田 昭義
   社会福祉法人 日本盲人会連合      会長  笹川 吉彦
   財団法人 全日本聾唖連盟        理事長 安藤 豊喜
   社団法人 全国脊髄損傷者連合会     理事長 妻屋 明
   社会福祉法人 全日本手をつなぐ育成会  理事長 藤原 治
   財団法人 全国精神障害者家族会連合会  理事長 小松 正泰

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2004/03/08 (月) [mleft:6047] Re: 3月7日社会福祉学会関東部会研究集会 岡部耕典です。

ご案内させていただいた福祉学会関東部会研究集会ですが、呼びかけ? に応えていただいて、特に、障害学MLとイナッフ・フォア・トゥデイ?MLから 当事者・親・研究者のみなさんの多数のご出席をいただき、ありがとうござ いました。

また、資料の一部の掲載をご許可いただいた川口さん、益留さん、ありがと うございました。

私の用いた資料等については、川口さん・益留さんの文を含め、当方ホーム ページに http://www.eft.gr.jp/ からダウンロードできるようにしてあります。 TOPページおよび情報ページ http://www.eft.gr.jp/enough/resource/

研究集会にいらしていただいた方の感想や追加質問、いらっしゃらなかった方 が資料を読んでの疑問など、お寄せいただければ嬉しいです。

・・・

以下、資料ダウンロードへの直接リンクを張りました。

===========================================================

学会報告資料は、以下のとおりです。
(注:サイト管理者、上記URLからリンクされているのでURL等省略しています)

「支援費制度と介護保険制度の統合?―利用者との関係から課題を整理する-」(岡部耕典)
「知的障害者が地域で暮らすために必要な介護や生活支援とその受給調整に(岡部耕典)
「二階建てモデルと別立てモデルの比較」(岡部耕典)
「ALSにとっての介護保険制度」(在宅介護支援さくら会 川口央美子)
「介護保険と支援費の統合議論は『二階建て論』ではなく『別建て』論で」(自立福祉会 益留俊樹)

また、それ以前の関連データについても、トップページからもダウンロードできる ようにしました。

「知的障害者が地域で生活する場合に必要な介護や生活支援について」(ピープルファースト東京)
「自己決定運動/利用者本位モデルを参照し支援費制度における利用者本位の受給システムを求める考察」(岡部耕典)
「支援費支給制度に介護保険制度の財源を用いる議論」(岡部耕典)
「ホームヘルパー上限問題を手がかりとした支援費制度における給付をめぐる考察」(岡部耕典)

・・・
2004/03/04 (木) [mleft:6037] ALS からみた介護保険【添付ファイルあり) ・・・
ALS(筋萎縮性側索硬化症)の当事者団体「在宅介護支援さくら会」の川口 有美子さんから、ALSの人たちからみた介護保険制度についてまとめていた だきました。
ALSと介護保険 (PDF KB)
・・・
2004/02/21 (土) [mleft:5993] Re: 海から海へ ・・・

「私は渡り、あなたが渡り、そこに、道が踏み固められてゆく」という、 獣道のようなありかたがもっともっと必要ではないでしょうか。

障害当事者者運動・親の会運動・市民運動、みんな本来そういうもの だったはず、と思います。

・・・
海から海へ http://umi.or.jp/
http://www.mainichi.co.jp/women/action/leader/2004/0220.html
2004/02/20 (金)[mleft:5985] RE: 宮城県の脱施設宣言 ・・・

いかに・まどろこしくとも・大変でも(それは最近しみじみ感じているの ですが)私は、私の息子と、息子の/私の  仲間たちの「夢」をじっくり 紡いでいかねばならないと思っています。

それは、「ひとりひとりの夢」です。
ここが大事、なのだと思います。

・・・
2004/02/17 (火) [mleft:5972] 立岩真也さん・「介助・介護 2004 」
岡部耕典です。

立岩真也さんの「介助・介護 2004」が更新されています。

http://www.arsvi.com/0ds/a012004.htm

立岩さん自身の

2003/02/03「障害者運動・対・介護保険──2000〜2003」(草稿)

http://www.arsvi.com/0w/ts02/2004021.htm

も載っています。

「ただ一つ、繰り返すが、この数十年の介護の水準を引き上げていく動き はとても大きなものだった。ある人たちはそのために誇張でなく人生を賭 してきたのだし、それでようやく地域で生きていける人が現れてきて暮ら している。その人たちは引き下がれないし、引き下がらないだろう。その ことが、この困難な場所からの前進を実現させる可能性を示している。」
(立岩さんの「草稿」より)

ほんとうにそのとおりであり、わかりやすくあたりまえのことが(あたりまえ ゆえに)理解されないことが(残念ながら・・・)多い。

財政危機よりも、このことのほうが問題でしょう、きっと。
2004/01/30 (金)[mleft:5935] 終了/開始 ・・・・・

そして、どこに暮らそうとも、「保護」と「教育」の名のもとに、自尊感 情と主体性を「殺されて」いる知的障害の人たちと子供たち。

・・・

死を含め、終了とは、終了であり、開始の契機と「残された課題」を伴う もの。あたりまえといえば、あたりまえのこと、ではありますけどね。

chuchu : 2004/01/28 ・・・・・

支援費制度は、必要をアピールして、支援を獲得する制度です。この制度で、 支援(障害者の人生と言える)は横並びや、配給ではなくなった。・・・

・・・・・

2004/01/28 (水) [mleft:5931] 支援費制度と介護保険制度との統合問題に対するピープルファースト東久留米・ピープルファースト東京からのメッセージ

(「要望書」のみ紹介します 別窓 → 要望書2004.1.26. (PDF 20KB) サイト管理人)
・・・
岡部耕典@ピープルファースト東久留米・ピープルファースト東京支援者 です。

1月26日、支援費介護保険との統合問題について、ピープルファースト北海道とともに ピープルファースト東久留米とピープルファースト東京は厚生労働省との話し合いを行い、 介護保険制度との統合反対の要望書を提出しました。

要望書及び資料を添えて(ルビ等の関係のためPDFファイルになっています)団体からの メッセージを転載します。

新障害者プランでも知的障害者の地域移行」は確認され、障害保健福祉部長は、「みな さん(ピープルファーストを含む障害者団体)の意向を無視して介護保険制度への組み込 みは行わない」と明言しました。

だから、ピープルファーストは「話し合い」を求め、「質問への回答」を求めたということです。

厚労省は、ピープルファーストメンバーをはじめとする自立生活をしている知的障害当事者 からの、現行の介護保険制度に組み込まれてしまったら、介助の時間が削られ、「施設に 逆戻りするしかない」という悲鳴にきちんと答える責任があります。

そして、当事者主体(利用者本位)・脱施設(地域移行)・アドボカシー(権利擁護)を是とす る全ての障害当事者、障害者の家族、福祉関係者は、地域での自立を権利として求め 実践している知的障害当事者の声を聞き、厚労省の「答え」をきちんと検証して欲しいので す。

なお、私自身のこれまでの支援費制度と介護保険制度との統合問題に対するささやかな 検討からすれば、「答える」ことが、形式的な作業ではない基準とは、以下の2点が含まれ ていることと考えます。

・全ての障害者は、少なくとも本人が望むならば、施設ではなく地域で暮らす権利があるこ とが確認されること。

・介護保険制度になっても、長時間介助をはじめ地域自立生活維持のために必要なサービス  が確保できる納得性のある支給決定方式が示されること。

最低限この2つが示されない限り、なにも「答えた」ことにならないのではないでしょうか。

(以下、ピープルファースト東久留米からのメッセージです)
=====================================================================

ぴーぷるふぁーすとひがしくるめの おだじまです。
かいごほけんになったら かいごがなくなってしまいます。
ぼくたちも かいごがいないと、なにかおきたときにこまります。
かいごがいないと なにもできなくなっていくので それはこまります。
24じかんが4じかんになったら くるまいすのひともこまります。
なんで そこまでやるのですか。
ぼくは 1時間30分では なにもできません。
おかねも すくなくなって せいかつが できなくなります。
なんで かいごほけんに なっていくのか
よのなか なんで おかねがないと くらしがなくなっていくので
ぼくたちも こまります。
なんで しせつに おかねを まわしていくのですか。
しせつは なくなっていくのがいいです。 
つくるのは やめてもらいたいです。 みんなも こまります。
              ピープルファースト東久留米 代表 小田島栄一

(以下略)
2004/01/21 (水) [mleft:5920] ピープルファースト札幌から、「支援費制度と介護保険制度の統合反対」の声明 ・・・・・
(以下、ピープルファースト北海道の声明)
=========================================================================

支援費制度をやめて介護保険制度に統合する計画に反対する声明
2004年1月20日
『ピープル・ファースト北海道』

厚生労働省「介護制度改革本部」からだされた、介護保険と障害保健福祉施策との統合について、『ピープル・ ファースト北海道』は、以下の理由から反対します。

1. 仲間たちの生活費のお金が足りなくなる!

国は「生活保護費」や「年金」を減らそうとしている。そして、介護保険と支援費制度の統合をして、福祉サービス が使える時間や種類に関係なく、「年金」から保険料を勝手に引き、さらに、福祉サービスを使う時に「自己負 担金」を集めようとしている。
そうしたら、「生活保護」や「年金」だけでち地域でく暮らしている仲間たちは、生活するためのお金がなくなって しまう。国は、そんなにお金を集めて、何に使うつもりなんだろうか。
地域でく暮らしている仲間のなかには、「生活ほ保護費」と「年金」を受け取り、地域の福祉サービスをつかいな がら生活している人がたくさんいます。もし、国が言っているように保護費と年金を減らされて、年金から介護 保険料を引かれ、さらに、サービスを使うときの自こ己負担金が増えたら、地域生活が出来なくなります。自由 にえら選んで決めてきたその生活ができなくなります。今の生活を続けたくても、入所施設に入るしかなくなり ます。そうしたら、文化的で幸せな生活は送れない。仲間の生活保護や年金はそのままにしてください。
お金が足りないのなら、もっと別のところ(防衛費や公共事業費)から集めたらいい。
国は、自衛隊にたくさん税金を使い、戦争の準備をしています。戦争には反対です。
戦争は、ハンディをもったひと人をたくさん作る。
他の人の痛みを、もっと身近に感じてください。

2. サービスを選んで決められなくなる!

知的や身体、精神のハンディをも持っている人も介護保険制度の「要介護度認定」で分けられるようになり、使え るサービスも時間も決まってしまう。
今の介護保険の現状から予想すると、軽度のハンディをも持っている仲間は、サービスがつか使えなくなる。重度 のハンディを持っている仲間は、入所施設に入れられてしまう。

いま今、支援費制度を使い地域で生活している仲間は、要介護認定で分けられると「要支援」か「要介ご護1」に 当てはまる人が多いと思います。そうしたら、地域で生活するためのサービスか使えなくなります。もし使おう としてもお金がたくさんかかるので、結局は、使えなくなります。
もし、地域で生活できなくなって入所施設にはい入ったら、自由に外に出れないし、規則にしばられてご飯とか も、自分の食べたいものを選べなくなる。遊びにもいけなくなる。地域にすんでいれば、自由に選べる。それ で、少しくらい失敗しても一緒に考えてくれたり、相談できる人がいれば地域で生活できる。
「選択権」は人間としての最低限の権利として憲法で保障されているはずです。そのことを、国はどう考えてい るのでしょうか。勝手に決めないでくだ下さい。もっと自由に使えるサービスにしてください。私たちから「幸 福追求権」を奪わないでくだ下さい。

3. これから生まれてくる子どもたちにも押し付けることになる!

今この「改悪」を見逃すと、これから制度をつか使って生活しようと思っても、出来なくなる。反対しても、役人 や学者やふくし業者が決めて、制度は変わってしまうかもしれないけど、『ピープル・ファースト 北海道』 は、だまって見逃すわけにはいかない。

 なにが役人や学者、ふくしぎょう業しゃ者なんですか。仲間の何を知っているというんですか?役人や学しゃ 者、ふくし業者はお金もうけのことしか考えていない。私たちがいるから成り立っているし仕事なのに、私たち のことより、自分のことばかり考えています。この人たちは、人に決められた生活を送ったことがない。利益が あれば社会生活上のハンディをも持っている人が切り捨てられてもかまわないという考えかたの人たちなので しょうか。
1つの「改あく悪」を許すと、また次々と「改悪」が進んでいく。それだけは、絶対に避けなくてはいけない。 私たちの子どもを戦争にいかせるようなことには、決してしたくない。
自分にとって使いやすい「良い制度」を、これからの人にもの残していくことがたい大切なこと。
このままでは、みんな地域で生活できなくなる。
いくら反対しても、勝手に制度が変えられるかもしれない。しかし、自ぶん分や仲間にとってただ正しいとおも 思うことをやりと遂げることは、自分のちからになる。

4. ノーマライゼーションの理念はどこへい行ったのか!

国は、障害者福祉施策の基本理念として「ノーマライゼーションの実現・施設から地域へ」を掲げているが、い ま、介ご護保険と障害保健福祉施策の統合をすれば、施設が儲かるだけの制度になり、ノーマライゼーションの 理念からは、かけ離れていくことは確かだ。

全国各地でいろんな団体が「支援費制度を使いながら、地域で暮らそう」と話し合ってきました。しかし、この介 護保険との統合に反対の声を上げている団体を、私たちはまだ知りません。
何で誰も反対しないんでしょう。
「本当に知らない」のか。「知っていても自分さえ良ければいい」のか。「今だけよ良ければいい」のか。軽度 のハンディをも持った仲間は、サービスがつか使えなくなり地域で生活することが出来なくなる。重度のハン ディをも持った仲間は、入所施設しか選べなくて、地域で生活することが出来なくなる。たくさんの仲間たち が、地域で生活できなくなる。「みんな入所施設に入っていろ」ということになるかもしれない。これでは、国 の言っているノーマライゼーションと違ってくるのではないのか。社会生活上の困難をかか抱えていたとして も、地域で必要なし支援をうけながら、生きていてもいいのではないか。仕事ができる人だけが人間なのか、仕 事ができる人だけが地域にすんでいいのか。仕事ができない人も地域で生きていくことがノーマライゼーション ではないのか。みんな、すきこのんでハンディをもったわけではない。
国は、「お金がないからく国民からお金を集める」と言うけど、お金がなくなったのは、国のせいじゃないか!なの に、その責任だけ、国民に押しつけるのか!
一番最初に切り捨てられていくのは、いつも、社会生活上の困難を抱えている仲間たちじゃないか!
わたし私たちは、障害者である前にひとりの人間なんだ!
『ピープル・ファースト北海道』の仲間たちは、地域でより良い生活をしていくために支援費制度、福祉サービ ス制度の勉強をたくさんしてきました。
「ノーマライゼーション」や「措置から契約へ」、そして「自己決定」を勉強してきました。
なのに、国や役所の都合で、またすぐに制度を悪く変えるのかよ!!!
介ご護保険と支援費制度を統合することは、サービスを利用したいひと人にとっても、介護保険料を給料や年金 から引かれてしまう人にとっても、いい事だとはおも思えない!!
私たち『ピープル・ファースト 北海道』は、制度改悪に反対する。そして国や行政は「何のために」「誰のた めに」制度を変えたいのか、わかりやすい説明をもとめる!
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2004/01/17 [mleft:5914] 「知的障害のある人の生きる権利と家族のケアなどについて」 (PDF 22KB) を読んで

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入所施設よりも、手厚い・ハートフルな「人の城」 を、年中無休で築くことでしか、脱施設・地域自立生活は、成り立た ないのですし、現実にそうしている人たちがいる、のです。

・・・
たかが週5日、1日8時間以内の通所生活に、祝日・正月等をいれると 利用者の生活時間全体で、通所の時間が占めるのは本当にわずか です。それで「最も頼り」にするわけにはいかない、のではないでしょう か。

かといっても、それが「通所の長時間化」になればいいとは思いません。
「ハコ」の長時間化は、限りなく地域から遠い通所、「通所の入所化」を 招くのではないでしょうか。そして、どんなに通所時間を多くしても、そ こ にはかならず、「それ以外」の時間がある。これは通所施設の限界です。

そこを乗りこえるには、・・・通所がグループホーム を作り、サポートセンターを作り、ヘルパーを派遣するという方向もあり ます。あるいは、「やっぱり入所施設」というあきらめ?もあるでしょう 。
そして、私たちがめざしているような「ハコ」をもたない地域生活支援 のネットワークづくりがある。
・・・
現実に生きている一人の障害当事者自身の自立生活を支えられるもの
・・・
・・・介護保険制度における家族介護を前提とした「地域生活支援」 ・・・家族のケアを暗黙の前提としての限定した地域生活 支援のシステム。家族がやばくなったら、もっとも低コストで集団処遇し やすい特養に入ることが前提となったシステム・・・
・・・
・・・自分の暮らし 方を決められるのは、その人本人だけ。そのことを明確にうたわずに、 「入所施設を含めた選択が〜」という言葉が一人歩きをすることを恐れ ます。現実には、入所から出ることを阻む第一の障壁が「きょうだい」 であることが、残念ながら経験上多いからです。
・・・
2004/01/05 (月) 11:40 [mleft:5882] 【緊急】東京・武蔵野市で息子殺し(無理心中) 岡部耕典です。

詳細は不明ですが、お隣の武蔵野市で、下記のような痛ましい「事件」が起こりました。

「無理心中」というのは、いうまでもなく、された側にとってみれば、「殺された」ということ です。そして、亡くなったのが3日ならば、我が家での当事者と親と支援者との忘年会の 朝ということになります。

(うまくいえないのですが)これでいいのでしょうか?

いろいろなことが浮かんで書いては消ししたのですが、取り急ぎ、新聞記事のみ転載します。

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「障害持つ息子と63歳母が無理心中?…東京・武蔵野市」

4日午前9時35分ごろ、東京都武蔵野市関前4の無職生駒良子さん(63)方を訪れた 長男(36)から、「母親と弟が死んでいる」と110番通報があった。

 警視庁武蔵野署員が駆けつけたところ、1階で二男の良さん(30)が顔に白いタオル をかけられ、布団にあおむけになって死んでおり、2階では良子さんが首をつって死亡し ていた。2人とも死後1日以上経過しており、良さんは窒息死の疑いが強いとみられる。

 1階の部屋から「自分が病気で、良を置いていけないので連れていきます」と書かれた 良子さんの遺書が見つかっており、同署では、良子さんが無理心中をはかったとみてい る。

 良子さんは障害を持つ良さんと2人暮らしだったが、良子さん自身も病気で悩んでいた という。

 近所に住む主婦は「お母さんは、良さんが自立できるように、小さいころから洗濯など 身の回りのことを教え、一生懸命だった」と話していた。

(2004/1/5/09:18 読売新聞 より)
2003/12/21 (日) [mleft:5850] 忘年会報告 ・・・

旭出の「事件」の当事者のAさんに対し、BさんCさんたちの支援者 が、言葉の得意でないAさんの意思確認をしているところをとったビデ オがあります。それは、膨大な数の旭出の施設や内部の写真と、 地域生活で介助者と共に体験したことやところの写真を見せて、それ を○と×のついた籠にいれてもらうというものでしたが・・・その結果 は、いうまでもなく、なのですが、私がとても印象に残ったのは、その 膨大な地域での写真の数々。ラーメン屋、銭湯、ボーリング場、レンタ ルビデオ屋、食堂、バス、等々・・・「ニューシネマパラダイス」という 映画がありますが、あの最後の場面のように、Aさんの奪われた地域 生活の膨大な断片が次々と映し出され、それを支えてきた介助者た たちが、本当に楽しんで、同じ目線で生きていたこと、それなのに、 BさんCさんは逮捕され、Aさんは、地域からも、介助者たちからも 引きはがされ隔離されている現実の理不尽さがひしひしと感じられ、 押し寄せる思いと怒りに涙を禁じえません。

・・・

楽しいときも辛いときも一緒。
だせる人がだせる力を精一杯出す。
「ともだち」を見捨てず「ともだちのともだち」と繋がる。
それが「地域」であり、「支援」でしょう。
鉄筋コンクリートの「城」には、出来ない技です。

愚息が、成人するまでの10年のうちの最初の1年は、支援費上限 問題に始まり、旭出の事件に終わりました。忘年会で、疲れた体は 休めても、これらのことは「忘れる」わけにはいきません・・・とても濃 い1年が終わり、そしてまた来年も・・・「一輪車」は、倒れないために は走りつづけるのです。
2003/12/18 (木) [mleft:5844] 旭出「事件」と「人の城」 ・・・

支援ネットのメンバーで毎晩何十通も飛び交った悲鳴のようなメール、 夜遅くまでの会議、朝早くからのビラくばり、介助者も当事者も親も、 だれもがなんの強制もないのに何十人も集まって黙々とビラを作り、 てんでに出来ることを出来るところで体を張って頑張った10日間、 それは、支援とは、福祉の仕事とは、親とは、当事者とは、を深く 深く考え、日ごろの立場と関係を超えたつながりを、互いの義務と 責任を、それぞれがはっきりと自覚した日々であったといえます。

それは、施設の高い壁や鉄筋の建物や立派な歴史よりもはるかに しなやかに強い「人の城」を地域に作り上げてしまったことを、それ はおとしめようとすればするほど、より強く、広がっていくものである ことを、Aさんを閉じ込め、BさんCさんをを留置場に追いやった人た ちは気が付くこともできないほど心が閉じている・・・

私たちは、コンクリートと塀に囲まれた「砂上の楼閣」よりも、 「人の城」を選びます。

・・・
2003/12/18 (木) [mleft:5843] Re: 問題の東京要望 ・・・

そのとおりです。 今回のことを通じてひとりづつでも理解を共有し長い地道な戦いを闘えるネットワークを確 認していかねばなりません。悔しい思いを何度も噛み殺すなかで、実はそういうネットが 少しづつできてゆくということ、心ある人のひとりひとりがバージョンアップしてゆくこと、策 に溺れる人たちは、そこには気がつかない。

悔しい思いをし、疲れきるなかで、しかし、人間はそれをばねとして強く積極的になること もできるのではないでしょうか。 少しだけの「仲間」の支えあいがあれば。

・・・
2003/12/17 (水) [mleft:5840] これから・・・・・ ・・・

冷静に考えてみれば、これだけ譲りに譲ったとみせて、現実の地域生 活支援費は、決して少しも上積みされているわけではありません。ここ らへんにたいし、「ええい、おまえたちのトリックは、すきっと・すかっ と・ おみとおしだ〜!」という声が聞こえないところに、大きな危機感をもち ます。

・・・

もう、その時期でしょう。 今までは早すぎたし、今を逃せば遅すぎる。
・・・
2003/11/24 (月) [mleft:5760] それぞれの「デート」 ・・・
「妾」を囲う趣味も甲斐性も体力も(笑)ありませんが、こういうそれぞ れが「いつもと別々の相手」といっしょに過ごす時間というのは大事。
そんな時間のあとは、「本妻」とも燃えていいもんです(笑)「家政婦 さん」(ごめんね:笑)にもいい休日になったし。

自分の息子とだからできることと、他人の息子とだからできること。
「他人」の介助者とだからできることがあって、自分の親とすごす 時も、その本来の輝きをとりもどす。その逆も真なり。

別に、障害があってもなくても、同じだと思いますけどね・・・
2003/11/16 (日) [mleft:5749] 電車の陸橋 岡部耕典です。

今日の午後は、近所のYちゃんが遊びに来て、亮佑といっしょに、 (というか亮佑が我々を従えて)3人で自転車でぐるぐる廻って遊ん ました。

Yちゃんは、最近ほんとに成長したっていうか、ほとんどヘルパー 的に付き添ってくれますが、基本的に自尊感情が少し傷ついて育 ってしまったタイプなので、亮佑のわけもなく毅然とした(これ、知っ てる人には判るとおもうけど:笑)態度になにか癒されてる様子で、 見ててもなんかバランスとれてていいな、って感じで、公園から 公園へと疾走する二人を、怪しいおじさんが、自転車でストーカー する、の図となりました。

ストーカーしていると、ひさびさに三鷹の「電車の陸橋」にいくでは ありませんか。ここは、数年前までの私と亮佑のスイートスポット。

しかも、かつては「自閉症スペクトラムのたまりば」ぶりに、おお、 という感じでしたが、今日は、人数だけはたくさんいるけど、ほん との?鉄ちゃんと幼児連れの親子ばかりで、あのみんなは、どこ にいったんだろ。ちょっとしみじみしちゃいました。

その帰りがけにまた「おやま公園」行って、(山がひとつある近所 の公園)うじゃうじゃ群れ遊ぶ近所の子供たちに混じって、ブランコ を乗り回し、滑り台をすべり・・・人一倍堂々と?遊んでいます。

最後は、握りしめていたマイブームの「おむつをはかせたライオン」 (ライオンは、先週の富士サファリパークで買った。もちろんおむつ を履いて売っていたわけではない・・・笑)から、おむつが、「ぽーん」 と飛んでみんな大爆笑、少し傷ついてましたが(別に亮佑を笑って いたわけではないのですが・・・そりゃおかしいよね:笑)

私の自転車を奪おうとして困るので、は〜ん、と思って、亮佑の 自転車のサドルをうんと高くしてやると、超ご機嫌になって、乗り まわしていました。う〜ん、大きくなったのね・・・きっと遠からず背 も私より高くなって(その前に足の長さでは軽く抜かれて:笑) とちょっとうるうるしてしまいました。

「走れ一輪車」から早2年弱(富士の裾野のスーパーセラピスト様、 「走れ三輪車」じゃないですからね:笑)「暮らす核弾頭亮佑」から は、二年半、ですか・・・

「スーパーセラピスト」が感心し、介助者が、「りょうちゃんは、先駆 者になればいいんじゃないですかねえ」といわれた亮佑のいわれ く丸々肥大した自尊感情。

近所では、もう「りょうちゃんのおてがみ」はいらない。
今のりょうちゃんは、存在と行動自体が、自己紹介と同じ。

頬を膨らまし、パンツを履いたライオンを籠に載せ、近所の女の子 を付き従え、サドルを高くした自転車で疾走する亮佑。じつは、もう 亮佑は、とっくに地域に「投下」されていたのでした・・・

知らないうちに、もう父は、枕を涙で濡らすことも、人知れずお風呂 泣けてくることもなくなりましたよ(しみじみ)

これから(だれにも)訪れる嵐のような青春。きっと別の意味で、泣く ような目に会わされることもあると思うけど(とほほ)

利用者の主体性が鍵となる支援費が始まって1年目。
亮佑が成人するまであと10年。
それが、知的障害者と児童のパーソナルアシスタンスの元年であり、 あたらしいdecadeの始まり、となるように頑張らなくてはなりませ ん。

なっちゃん、やっちゃん、えっちゃん、るいちゃんもいっしょに。
七生福祉園溺死事件が「昔話」となる日がくるように。(やっちゃん、 脱落するなよ・・・N氏、頼みますよ・・・)

「昔々、『施設』というものがあったとさ。そのころは、へるぱーのか わりに、『職員』という人がいて、みんなの先輩たちの「面倒」を見て いたんだってさ。おかしいねえ〜。今と逆だねえ・・・」

スーパーセラピストは、きっとこういう「冗談」を許してくれるでしょう ・・・
2003/11/06 (木) [mleft:5719] いよいよ (前略)
昨年の上限問題の「解決」の徹をふまず。
影に怯えず。功利に走らず。
「財源」という「呪文」に惑わされて介護保険という「毒饅頭」を食べないこと。
そして、今、自治体を見捨ててはなりません。

しかし、わかりきったことをわかりきったようにやるのにも、「知識・仲間・勇気」のネットワ ークが必要なのです、と繰り返さなくてはなりません。ひとりひとりの力が・つながりが 必要です。
(後略)
2003/11/04 [mleft:5716] PEACE と「知的障害児のための性教育ファシリテーター養成講座」 ・・・ ------------------------------------------------------------
「PEACEは子どもや女性、在日外国人をはじめ、障害者、同性愛者、同和などそ の人がその人らしく生きてゆきやすくなる世の中を目指して活動しているグループな のです。
活動内容は性教育プログラムPSPや子どものためのアサーティブトレーニング、教 職員研修を行政から頼まれてCAP(子どもへの暴力防止プログラム)などを、PT Aや児童館・女性センターから呼ばれて行っています。
他に子育てのサポートグループや性被害後の支援、個人カウンセリング、女性学講 座、勉強会など多くの人権啓発活動に取り組んでいます。」

PEACE http://www.peacet.jp/  e-mail : peacetra@proof.ocn.ne.jp
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また、PEACEの会報に載せるための原稿を依頼されて書きました。
ご参考までに全文を転載いたします。
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発達障害児のための虐待防止と脱施設とアドボカシーとエンパワメントのワークショップと しての「知的障害児のための性教育ファシリテーター養成講座」
障害のある人・子供とその家族のためのリソースセンター いなっふ
     http://www.eft.gr.jp/  岡部耕典 e-mail : koka@eft.gr.jp

   7月24日から3日間、PEACE暴力防止トレーニングセンター主催の「知的障害児のため の性教育ファシリテータ―養成講座を受講しました。
 講師は、バーバラ・ペインさん。カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州にある障害を持つ子供 と家族と地域に対しサポートを提供する専門機関、Sunny Hill Health Centre for Children の登録臨床心理カウンセラー、そして、孫が一人いる成人の母、でもあるとのこと。

 講座は、4、5人の席に分かれたワークショップ形式、軽いアイス・ブレイキング(気分ほぐし のセッションのあと、「障害って、あたりまえのことなんだよ(DISABILITY IS NATURAL)」と いうビデオを見て、と参加者は最初からぐいぐいと引きこまれていきます・・・
自閉症という発達障害をもつ子供の父親として、障害のある人・子供とその家族のためのア ドボカシーとエンパワメントに取り組んでいる立場として、このワークショップで感銘をうけたこ とは、大きく4つにまとめられるでしょう。

 まず、講座が、北米では一般的な教育手法である「ワークショップ」として進められることで す。「性教育ファシリテーター養成」といっても、性教育のハウ・ツゥはほとんど触れられませ ん。発達障害のある子供や若者(原文では、また現実の講座でも、その対象は「知的障害 児」ではなく「発達障害のある子供と若者」となっています。)そのもの、生きたリアルな人間 としての、その全体像を、ビデオや体験談等を通じて受講者に強くインプットします。でも、概 念的な理解も、並行して資料集を通じて提供されますのでご心配なく!)そのうえで、「サーク ル(circle)」という概念を使って、障害のある子供のアイデンティティと対人関係のコンタクト・ゾ ーンについてわかりやすい理解の枠組みを提示します。これらのプロセスを経ることで、抽象 的な教授法ではなく、現実の場面での、生きた・ひとりひとりの障害児に対面する「軸足」とで もいうものが参加者に埋め込まれます。

 続いて、二番目は、性的虐待の問題は、性「教育」の問題である前に、あくまで性的虐待を 受けやすい子供や若者の側に立ち、性的虐待を起こしてしまう社会の意識や行動を変えるた めのアドボカシーであり、そして、その前提となる子供や若者たち自身のエンパワメントでなく てはならないのだという考えかたです。「性教育ファシリテーター」(これもおそらく原文には、 「教育」の文字はないと思いますが・・・)とは、発達障害のある子供や若者を「教える対象」とし てみるものではなく、同じベクトルの目線で――同じ「高さ」であるだけではなく、同じ「方向」を 向いて――彼らを勇気づけ、虐待に、そして、それを許す社会に立ち向かう存在なのだと思い ます。そういう視点にたった障害児の虐待防止のための生活支援あるいはもっと直接的にアド ボカシーとしての障害と性へのとりくみが、今の日本でも求められているのではないでしょうか。

 三番目は、「発達障害のある子供や若者に対する性的虐待防止」ということが、北米におけ る脱施設と深く絡み合っていることです。アメリカやカナダでは、日本よりはるかに早い時期か ら(60年代後半から)発達障害者の巨大入所収容施設の解体が行われています。しかし、そ の結果、地域で暮らす発達障害のる人たちの問題も顕在化し、それが凝縮されたものとして、 発達障害のある子供や若者に対する性的虐待があるわけです。

 そして、その問題性は、彼らを囲む地域住民、そして、入所施設は無くなっても残る地域の通 所施設や福祉関係者に残る「施設性」の双方にある。サニーサイドヒル・センターの一部であり、 バーバラさんの勤めるSexual Health Resource Centre は、まさにそういう問題に正面から取り 組むアドボカシーとエンパワメントのための(しつこいですが、「教育機関」としてではなく・・・)セン ターであるということです。

 最後に、その対象の広さと取り組む視点が、意味深いものでした。「知的障害(mental retardation)」ではなく、それを含む「発達障害(developmental disability)」が対象であることは、 明言されていましたが、ご存知の通り、北米でいう発達障害の概念は、自閉症はもちろんのこと、 アスペルガー症候群、ADHD、LDから、脳性麻痺までも含む概念です。

 講座では、このような広い障害のとらえかたを前提にし、かつ、性的虐待は、虐待一般、そして 児童虐待という普遍的な視野から理解してゆく構成とすることで、「障害児者の性的虐待」を「特 殊な人たちへの特別な対応」とするのではなく、だれもが考えなくてはいけないことを、最も侵さ れやすい障害のある子供の問題からとらえ返し、我が事であり、コミュニティの問題として受け止 める視座を持っています。これは、障害のある子供とない子供の「境界」の人たちの「犯罪」のみが、 興味本位で喧伝されることもある昨今の日本の寂しすぎる風潮のなかで、私たちが、是非確認し、 大事にしていかねばならぬことだと思います。

その意味でも、障害という特定分野ではなく、また、教育を目的にするのでもなく、「子供の虐待 防止」にとりくむPEACEという団体がこのような企画を行っていただいたことの意義は大きいと思い ます。改めて、感謝とともに、これからのネットワーキングをお願いしたいと思います。

・・・
2003/10/30[mleft:5682] 七生福祉園溺死事件についての報告集会 , いよいよ明日、です。 ・・・・・
なお、以下、全く個人的な、「呼びかけ」です。

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障害を持つ子供の親として・支援者として・友人として・仲間として・ ともに暮らす市民として、施設での溺死事件とその後の施設の対応 に強く抗議し、裁判を支援します。

と同時に、強く思うこと・・・

親は、子供を施設に入れるな。
きょうだいは、障害のあるきょうだいが施設をでる邪魔をするな。
親の会は、施設を作るな。
行政は、これ以上施設を作ることを許すな。
市民は、施設を出たい人を応援し街でともに暮らそう。
心ある福祉職員は、施設を捨て、街に出よう。
行政は、親の会は、それを物心ともに支援せよ。

佐藤進さんの死は、私たちの隣人の、きょうだいの、そして、息子の死、です。

全ての障害のない人と同じく、障害のある人も、あたりまえに、自由 に街で暮らす権利をもっている。それなのに、なぜ、障害のある人ば かりがいつも、なにかを強いられ、押し付けられ、隔離され、そしてそ こで死に至らなければならないのか。

そんなに「いい施設」ならば、そう思う市民のみなさん、行政のみなさ ん、職員のみなさん、きょうだい・親のみなさん、「あなた」がそこに住 めばいい。

「私」は、そこに住みたくない。
おそらく、「私の息子」も。
おそらく、多くの「息子の仲間たち」も!

人が奪われた権利を回復するために、全ての人が、人として、それぞ れの立場で、果たすべき役割があり、義務がある。私たちは、誠実に 自分の義務を果たしているでしょうか。「人の権利を人が守る」社会、 真の「心のバリアフリー」の社会を目指さねばなりません。

それぞれの「人」としてのかそけき心の声を、撚りあわせ太く確かな声 として、七生福祉園溺死事件を考える会を応援し、そして、本当の脱施 設を一人一人の責任として実現することを、重ねて強く呼びかけます。
2003/10/29 [mleft:5680] 基準 岡部耕典です。

子供たちの介助者たちと話していて気がつくこと。

子供との関係で、迷ったときの判断基準が、いつも「自分が小さかったときは・・・」であること。「食べ過ぎ」「買いすぎ」「変なこと」「迷惑」・・・うん、自分も子供のころあった、と彼らはいう。ママたちが、ああしてこうして、こんなに変で、というときに、それには反論せずに、おだやかな小さな声で呟く。「実は、僕も、小さなころは・・・」

これって、最高の「抑止力」(笑)かも。
そして、最も素朴な(最高品質の)「ノーマライゼーション」ではないだろうか。

記憶を手繰り寄せ、「そうだ、俺もあったよね」と彼らは納得し、子供たちを「許す」のではなく「我慢する」のでも「教える」のでもなく、「認める」。

多くの施設職員は、そうではない。「専門家」もそうではない。

なにか知っていることが、慣れていることが、いいとは限らない。人と人の関係とはそういうものだろう。どきどきトキメキ、自分を振りかえって納得する。恋愛も同じ。介助も同じ。

夜中に愚息のオムツを換えながら、「うん、俺だって、××才までは・・・」(××は内緒)と思う。ただ、ちょっと「頻度」が高いだけ・・・。(ちょいとね!)

どこまでが「ふつう」でどこからが「異常」か。連続しているものを辿るとき、「境界」はみつからない。線を引く。「基準」をたてる。そこから、「異常」が始まる。

あるいは、異常を作りたいから、線を引く。
これは、最も素朴な、「差別」(笑)
2003/10/24 [mleft:5668] 知的障害児・者居宅サービス事業者ネットワーク リソースセンターいなっふ&ちゅうたこ会周辺には、うちの息子を筆頭に、元気(っていうか:笑)な男の子が多く、当然全て、「若い男性ヘルパー」ばかりです。

というと、他の事業所は「羨ましい」ですかね??
でも、もう少し聞いてください。

そういう人たちは、まず、障害当事者が好き、です。そして、抑圧するもの、脅かすもの、権力、が嫌いです。だから、彼らが障害当事者と接するときは、どこか彼ら自身の思いと信念と弱さと強さを重ね合わせ、目線は同じ方向を向いています。それが、目線が同じ、ということです。ちなみに、「支援」でよく言われる、「当事者の半歩あとを歩く」というのは、目 の高さが同じ、であって、目線が同じ、とはちょっと違う・・・ハッピードラゴンは、子供を背に載せて飛びます。子供のあとから追いかけたりはしないでしょ!

でも、そういう「若い男性ヘルパー」は、「見てくれ」では、「福祉関係者」には好まれないようです。特に、「先生」といわれる人たちとは、反りが悪い。
事実、プールで指導員を無視し、学校にお迎えにいって、先生にガンを飛ばし、トランポリンの先生に喰ってかかります・・・ただし、それは、当事者が、侵された、ときだけですが。彼らは、それが、自らの身体にも「響く」のでしょう。意識しての反応、「保護」の反応ではありません。

さあ、どうですか?「知的障害児・者居宅サービス事業所」の人たちは、だんだん羨ましくなくなってきたのではないでしょうか・・・???

加えて、昨日やりあった某園の某大竹さんみたいな「上司」は大嫌いだと思います。(向こうも嫌いだと思いますが・・・)また「福祉くさい」ところは嫌いですから、施設内に事業所があるところなぞ、寄り付きもしないでしょう。(介護保険の 事業所など、もっと・・・)

あと、みなさん、これで「生活」してます。学生バイトではない。そして、属している「事業所」も、それなりの収益を上げているようです。でも、極端に時給が高いわけでもない。ばかみたいに補助金貰っているわけでもない。むしろ、無償の(支援費の限度を超え本人負担も不可能な場合)介助も長時間やっています。本当に頭が下がるくらい・・・・・)

違いは、身障の介助もバリバリやっていることです。身障は、基本的には長時間介助です。泊まりもあります。知的、それも児童は、時間帯が極めて限られ、細切れです。しかも、「毎日30分送り迎え」などという酷な依頼をする親もいます。知的専門?の事業所は、「ヘルパー足りない・足りない」といいますが、土日と平日夕方の仕事だけで仕事が埋まるはずもなく、それだけしか働かなくて済むような法外な時給を支援費に求めるのは筋違い、というものでしょう・・・(ましてや、知的のそれも、ガイドヘルプだけで事業所を黒字にするなんて・・・!難しいと思います)

しかも、身障当事者の介助で「鍛えられた」ヘルパーは、介助における当事者主体を叩き込まれています。最初が「知的障害施設のボランティア」というようなところからはいった人たちにありがちな無意識のパターナリズムというものがありません。

同時に、「事業所」にも、「所長」とか、呼ばれる人はいません。代表は、障害当事者です。「コーディネーター」と呼ばれる人たちも、「サービス調整」とか「相談業務」とかだけにかまけることはなく、体使って自らも介助に入り、昼間に事業所にいることは、まずありません。障害当事者とコーディネーターが、立場も力関係もぐちゃぐちゃになって、泣き・笑い・怒り・喜び、やっています。

そして、「事業所」には、いつも、当事者がいます。「仕事」をしている人もいますし、「寂しいから遊びに来る」人もいます。そして、夜になると、さらに続々とヘルパーたちが、当事者たちが、集まってきます・・・・・それは、コーディネーターと夜しか会えないから、ばかりではなく(多分それもありますが:笑)そこが「居心地がいい」からです。そして、「仲間」(当事者と介助者)がいるから、です。そこで一旦潤って、夜の泊まり介助に出撃する人も多いようです。

その「事業所」の灯は、一晩中、消えることはありません・・・

(つい私も居座ってしまって、愚妻に怒られています:笑 でも、それは利用者として?介助者として?それとも「当事者」として?・・・さあ、難しいところです。でもその「難しい」ところが、極めて快く、納得がいくのです。わかってもらえるかしら。 話を戻すと、「若い男性ヘルパー」に限らず、どんな仕事でも、「やりがい」と「お金」 でしょう。そして、「職場環境」というのも大事ですね。

でも、その「やりがい」「お金」「職場環境」というのは、「知的障害児・者居宅サ ービス事業所」の多くの人たちが考えているものとは違う、のかもしれませんよ。

特に、「リスクマネジメント」とかを相対化せずに無邪気に信奉してしまう「新しが りやで、実は最も保守派」の福祉関係者とは、全く相容れないでしょう。

「生活支援」「利用者本位」を唱えながら、あくまで利用者と「同じ目線」でいよう とせず、既存の福祉事業者や行政の機能の一部に取って代わろうとする(だれ とはいいません)こととも相容れるものではないでしょう。

むしろそれは、今は結構偉くなっている若かりし頃の感性を失わず年齢相応に 頑固になっている「古武士」のような知的障害福祉関係者が、「利用者本位とか 消費者主義ってついていけない」って悩んでるところと、そう遠くないところにある のかもしれない、と思います。

・・・
2003.10.18. [mleft:5659] 自転車で行こう 岡部耕典です。

昨晩、Sさんと一緒に「自転車で行こう」の試写会を見ました。

20歳のプーミヨンは、「走れ一輪車」の愚息の10年後、を髣髴とさ せるものでした・・・

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「李復明(リ・プーミヨン)は、20歳。大阪の生野市に住んでいる知的 障害者。よくしゃべり、よく動く。プーミヨンの仕事は、福祉作業所の 営業係だ。毎日毎日自転車を漕いで街に製品を売りに出かけるのだ が、行く先々で誰かに話しかけ、営業を忘れてしまう。たこ焼き屋の おばあちゃん、自転車屋のおじちゃん、フォークリフトの運転手、喫茶 店のおばちゃん・・・(後略)」(「ストーリー」より)

「(前略)・・・プーミヨンを追って気がついたのが、人々のちょっとした 態度に垣間見える「誇り」のようなものだった・・・(中略)・・・プーミヨ ンと衝突することも含めて真っ向から向き合おうとしていた。・・・・・この姿 勢は自分の世界に閉じこもっていては絶対に獲得できないとも思った。 傷ついたり傷つけたりすることを恐れるあまり他者との深い関係を避け ている人には手に入れることができない。自分と自分以外のだれか。 その距離を縮め、おたがいに反発したり認めたりしながら関係を作って きた人々にしかこの姿勢は生まれないのだと思う。・・・(後略)・・・」
(杉本信昭監督)

「(前略)・・・自転車というもののもつ風と自由感、疾走感を、この映画 は実にうまく取りこんで利用していますね。確かに彼は自由で、わが ままで、常識に従わず、がんこ。そして、彼なりのルールや限界のな かでも生かされているということもわかってくる。彼は善人でも仙人 でも、子どもでも、内面をもたない動物でもない。複雑さを併せもつ ひとりの魅力的な人間なんですね。・・・(後略)」 (藤岡朝子)
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長崎の事件で、神戸の自閉症子殺し事件で、忘れられていたもの がそこにある。あなたには、あなたのプーミヨンと真摯に渡りあって いるのか、あなたのプーミヨンには、生野のたこ焼き屋のおばちゃ んはいるのか・・・「早期発見早期療育」Bullshit!
それよりも、あなたは目の前の我が子に・他者に、ただ目を見開き、向き合っているのか・・・

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「自転車でいこう」公開予定

東京 12月6日   ポレポレ東中野(tel 03-3371-0088)
大阪 2004年初春 第七芸術劇場(tel 06-6302-2073)
※上映時間は、劇場までお問い合わせください、とのこと。
http://www.montage.co.jp/jitensya/
株式会社 モンタージュ http://www.montage.co.jp/hp/index.html
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2003.10.18. [mleft:5657] Re: ワークショップの学会発表の報告とお礼 岡部耕典です。

長瀬さん、ありがとうございます。

いうまでもなく、社会福祉学というのは、そのなりたちからすれば、 社会政策、すなわち行政のための学問であり、社会福祉=福祉サービ スの時代となってからは、援助職と呼ばれる人たち、あるいは、施設経 営のための学問であった、ということを、いまさらながら確認しつつ、しか し、障害当事者・サービス利用者の側からの「社会福祉学」を求めて手 探りしているところです。

ここらへんは、山森さんのゼミで寺本さんとかといっしょにマイケル・オリ バーを読み、良くも悪くも(とあえて言ってしまいますが)さらに少しく刺激 をうけています。

ここで「学」をとってしまえば、それなりに話は簡単であるし、また、そうい うありかたは全くもって肯定しているし、ささやかながら実践もしているつ もりですが、でも、私は少し「学」にもこだわってみたい。なぜならそこには やはりそこからしか得られない知見があり、自分の拠って立つ立場性に、 自分なりに寄与するものがあると思うからです。(あともうひとつは昔から の、あるいは一旦は捨てたともいえる、趣味ですね、白状すると:笑)

> 来年の大会は5月前後に静岡県立大学で
> 予定しています。是非、発表してください。

ありがとうございます。
ただし、私は障害文化ではなく(これは基本的に当事者のものと思います)、 障害学で主流の社会学的アプローチはとり得ず(もとは社会学なのですけど ね:笑 結局アイデンティファイできませんで・・・)「社会福祉学」となるかと思い ますけど。(う〜ん、苛められそう・・・汗)エントリーは少し苦しみむための、課題 とさせてください。そして、エントリーさせていただくとしたら、たとえば、今回の ような「福祉サービスの利用主体の形成」というような言葉(これ、北野さんの 言葉)は通用しないと思っています。「当事者主体の社会福祉学」の言葉を紡 ぎその枠組がぼんやりとでも掴めたら、是非胸を貸していただきたいのですが (う〜ん、何年先のことになるのでしょうか:笑) ・・・・・
2003.10.16. [mleft:5652] 狛江でエイブル上映会 ・・・
エイブルでは、個人的には、障害のこととかいうよりも、日米の「家族」・「他者」といった ものについてのとらえ方の違い、みたいなことが印象的でした。あと、最後の方で、ジュン くんがなぜぽろっと泣いたのか、なんてのも・・・監督の意図どおり、「福祉映画」っぽくない ので、一般の人?も誘いやすいけれど、考えさせられるところは、却って深い、というような 映画でしたね。

笠松さんも、昨日出演者のお母さんたちにお目にかかったら、映画の中の息子さんたちは、 見たことのない表情をして、やったことのない行動をした、と口をそろえておっしゃっていた そうな。息子さんが社会にでていき、親から離れていく感覚を実感したともおっしゃってた とか。「しかし、その晴れやかな表情は、日本に帰ったとたんに日本式にもどった、とも。
社会のなりたちの違いというか、アメリカの懐の深さを感じる映画、でもありましょうか。」 とのコメントでした。

何回か見ても、都度得るものがある映画と思います。

・・・

(以下は勝手に追加)
「able」公式サイト http://www.film-able.com/
@nifty CINEMA TOPICS ONLINE http://www.cinematopics.com/cinema/
2003.10.15. [mleft:5651] 「心のバリアフルバス」と第2回交通バリアフリー推進の集い ・・・・・

大阪での学会の帰りの近鉄バスで、双子の子供をベビー カーに乗せたお母さんが乗車してきた。そのとき、運転手 の人が、なにか大阪弁でわやわやいってるので(スミマ セン、良く聞き取れない:笑)てっきり、「ベビーカー乗せる の手伝ってあげて」といってるのかと思ったら、良く聞いた ら、「ベビーカー畳んで乗ってくれ」といってるのでした。 もちろん、二人乗りのベビーカーが、畳めるわけもなく、 「双子なのでだっこできません」とお母さんが当然至極の 弁明をすると、「他のお客さんに迷惑になるから」と言い放 ったのです。

ノンステップではないが、ワンステップバス。しかも、車内は 私のほか、立ってるものは数名で空いている。どう考えても 迷惑ではない。だいたい、「安全上の問題があります」なら まだしも、「みんなの迷惑」という持っていきかたがアザトイ。

でも、お母さんもさすがに関西人、しかも、美人で若い(まあ これは関係ないが・・・)敢然と抗議して乗りこんできたので、 「迷惑じゃないですよ」と声を掛けたら、とても嬉しそうでした。 降りるときに、運転手にも、「ぜんぜん迷惑じゃない。 大歓迎だ。大体車椅子で乗れる仕様のバリアフリーバスに、 なんでベビーカーが乗っちゃいけないんだ」と抗議したら、 もごもごといいわけしていたが、関西弁でよくわからん・・・

自閉症の子供を連れて公共交通機関に乗って、へこんだこと がない親はいないでしょう。「みんなの迷惑」ということばには、 私は、「トラウマ」があるのです。そういう無神経なやつは許せ ない。魂の風船がへこんでる人を、見過ごしたら、自分の学会 発表のアドボカシー&エンパワメントもただのお題目になって しまいます。

・・・・・
2003.10.15. [mleft:5649] ワークショップの学会発表の報告とお礼 岡部耕典です。

関連各MLの皆様

シカゴワークショップ、虐たい防止ワークショップ、あどぼ三鷹武蔵野に関連して、 「障害福祉サービスの利用者を中心とする新たな福祉コミュニティの形成のために 〜セルフ・アドボカシーとエンパワメントのためのコミュニティワーク」と題しまして、 13日の日本社会福祉学会で発表を行ってまいりました。

一応、個人的には、今までのワークショップや地域セミナー開催の活動の一区切り (終わり、ではありません・・・)という意味合いです。

旧P&AJAPANのみなさま、JIL人権擁護委員会のみなさま、心のバリアフリー市民 会議のみなさま、そして、セミナーやWSで出会ったたくさんのみなさま、どうもありが とうございました。「コンシューマリズムを行使しうる社会福祉サービスの利用主体 の形成」というテーマと当事者主体のエンパワメントによる権利擁護活動(つまり、 というその手法については、かなりの関心を持って受け止められました。

なお、発表に使用したパワーポイントファイルは、こちらのページの「岡部耕典」欄の トップに置いてあります。600kほどあります。ご関心のあるかたはどうぞ。
http://www.eft.gr.jp/enough/resource/

しかし、今回のような内容だったら、今度発足した障害学会で発表したかったな、 という思いもあり・・・そしたら、佐野さんのバンジョーの場面も流せたのにね。

・・・・・

(以下、勝手に補足)
障害学(Disability Studies)(ディスアビリティ スタディーズ)
・・・“障害学とは、どのような社会であれば、障害のある人もない人も、自由に、つつがなく、元気に暮らしていけるかを考える学問である。”
 http://www.arsvi.com/2000/021111ij.htm より
詳細はこちら http://www.jsds.org/
参考として 立岩真也 http://www.arsvi.com/ より
 http://www.arsvi.com/0ds/jsds.htm
2003.10.5. [mleft:5636] 再び、長崎事件 岡部耕典です。

長崎事件に関する日本自閉症協会のホームページ記述が、変更されています。

http://www.autism.or.jp/report/20031001kinkyuu.htm

基本的には、いろいろ申し上げたことも踏まえられた内容にな っているのではないでしょうか・・・

リンクのほうに述べられている今後の生活支援のシステムの あるべき姿については、いろいろ議論があるように思います が、それは今後の支援システム委員会でいろいろ議論もなさ れることでしょう。

繰り返しになりますが、 できればそれは、今までの療育や自閉症発達障害支援セン ターの議論の抽象的な焼きなおしではなく、この事件における 具体的・現実的な当事者支援とその経験を前提に進められる べきと思います。

アドボカシーとは、もともと法廷での弁護活動から生まれたこと ばですが、どんな凶悪犯人でも弁護士はつき、世間のそしりを うけながらでも、あくまで原告の側にたって弁護活動を行いま す。それが人が人を裁く裁判というものに必要なしくみであり、 弁護士の職業倫理であるということです。

では、親の「職業倫理」とは如何に?

いつもはめちゃくちゃ厳しく子供に接しても、「いざ」というときは、 身を投げ出して子供を擁護する。

外側から冷たく見ての、「客観的論議」は許されない。

それが、親っていうもんでしょうが。

それがなくっちゃ、どんなに極悪非道の子供であっても、(であれ ばこそ)救われないでしょうが。「賢い親」じゃ、地獄の一丁目の 子供も、地獄の奈落の底まで叩きおとされてしまう・・・

だから、私は、謝罪した長崎事件の親って、偉い、と思います。
同じ親ならば、「可哀想」って思うならば、抗議もありますが、 支援したらどうでしょうか。それもできれば親というよりは、子供 のほうを。それがなにより、あのような状況に陥った人間(親) への支えであり、励ましではないか、と思います。

「うちの子は障害はあってもこんな犯罪など起さない」「軽度の 障害の親は日々の自覚がないからこんなことになる」という 「一緒にされたら迷惑」と切り捨てる意識ではなく。

また、「うちの子だっていつなんどき・・・」と怯えつづけるのでは なく、その本人の支援に携わることで、事件の本質も、手応え をもって見えてくるのではないでしょうか。深夜に悶々と思いを 巡らせメールをうつことでは確認できないことも・・・パンドラの 箱の底から、本当に「希望」が出てくるのかこないのかも。

いいときの「応援演説」なら、だれでもできる。
世間のそしりを、「共に」「背で」受ける。それが、ピアの関係の 親ってものではないでしょうか。(親同士の関係にそういうもの があるならば)

そして、「背」は多いほど、重い荷物が背負えます。

自閉症協会が、専門家の会ではなく、「親の会」であるなら(確か にそう聞いたのですが)その呼びかけが聞きたい、のです。

さらにもう一歩、踏み出だそうではありませんか。
協会も、我々ひとりひとりの「親」も。

私は、「愚か」ではありたくはないが、「賢い人」でもありたくない。
「強い人」ではないが、あきらめることはしたくない。

みなさんはいかがでしょうか?
2003.10.5. [mleft:5633] ともにネットの通信をもらって 岡部耕典です。

新しい「ともに通信」を送っていただきました。

・・・・・
別にヘルパー・介助者が「すべて」とは思いませんけど、 地域生活のために築くべきは、ハードとしての施設ではなく、 「人の城」。首根っこを行政に掴まれている助成事業(三鷹の生活 支援センターはそんな状況で開始です・・・)頼みではなく、生活支援 と権利養護の第三者性と当事者主体をあわせもつシステムを維持 すること・・・身体も知的も精神も、なすべきことは重なっている、 ように思うのですけどね。
2003.10.3. [mleft:5627] Re: 長崎の事件(かのん) 岡部耕典です。

> 「社会」とは、私であり、あなたですね。「制度」や「教育」、専門家まかせにせず、
> 我が子を含め、目の前にいる子どもたちと関わり続けるしかない。難しくて、
> 悩ましくて、投げ出したくなる日常の中にしか希望は存在しない。
>

う〜ん、これは座布団10枚差し上たい。(身贔屓ではありませんよ!)
2003.9.13. [mleft:5562] Re: 「夜バナ」が講談社ノンフィクション章受賞 岡部耕典です。

いやあ、「夜バナ」 講談社ノンフィクション賞受賞おめでとうございます。

(中略)
> 渡辺 一史 氏 
> 『こんな夜更けにバナナかよ 
>  筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』
> (北海道新聞社刊)
>
> http://www.kodansha.co.jp/award/h15_non_essey.html
>

「福祉」の人たちからみればめちゃくちゃな実践かもしれませんが、将来 施設では暮らしていけないであろう「わがままで重度」(笑)の自閉症 児の親としては、はるかにリアリティある世界ではあります。

「自由かしからずんば死を」(live free or die)

どこかそういう犯しがたい価値観の前提(押し付けやすりこみでなく)が 当事者にあること、それを、親や支援者が、ものすごく心配しつつも受け 入れ、いつしか激しく共振することが脱施設を支える「エンジン」かもしれ ません。

「もう施設に帰らない2」も面白かったのですが、読んでみて、この本の事 例は、ほとんどが、家族介護の支援の事例であるところに、この題名・ま えがきとの対比ではちょっとだけ、あれれ、でした・・・。

問題は、家から出たあと、だからなあ〜。

レスパイトで学齢期を「しのぎ」、通所通いの「憂さ」をガイドヘルプで「晴らし」 (?)、ちょこっとグループホームにも住んだものの、親がヨレてきたら、「お母 さんお父さん、いい青春の思ひ出をどうもありがとう」(?)と支援センターの 母体となる施設に入所・・・というのではちょっといただけませんからねえ・・・

そこらへんのところを支援事業の「コーディネーター」とよばれる人たちは、 どう考え実践しているのでしょうか、あるいはしようとしているのかが知りたか ったなあ、などど思ったりして。
2003.9.9. [mleft:5543] Re: リソースブック、えらい! ・・・ ただ、学校でも施設でも(これは普通学校でも通所施設でも)そこがもつ 根本的なところにある権力性(言葉を変えていえば、利用者個人の権利 が犯されやすい傾向をもっているところ)には教師や職員は常に自覚的 であっていただきたい、と思うのみです。

・・・ 他害というのは、多くの場合は、自分の不安の投影もしくは犯されている 自我の反発もしくは自らに刷りこまれてしまった行動パターンの反復で しょう。(これは一般にも同じ)他害をする子供たちも主観的には、辛く 、苦しんでいる。それならば、彼らには、監視役や抑圧者ではなく、ハッピ ードラゴンが必要なのかもしれません。

  >提言の理念は理解できますが、現実化す
  >るための具体的な詰めが、沢山の残っています。

挙げ足を取るわけではないですが、うちの愚妻の言葉を借りれば、 「人生は、トライ&エラー、トライ&サクセス」です。まずトライしてみ ること。それが、「地域」や「日常生活」の論理なのであり、「学校」や「 施設」で、それを妨げている「見えない施設性」こそが問われるべきものでしょ う。

そのことを問い、そこに挑もうとする先生方を、心ある親は、決して 見殺しにはしない、と思います。 ・・・
2003.9.7. [mleft:5529] 報告 「支援費支給制度における給付をめぐる一考察 〜ホームヘルパー 基準額(上限)設定問題を手がかりに〜」
「社会政策研究」(東信堂)第4号 2003年11月発行
上限問題・介護保険との統合問題・パーソナル・アシスタンス等
『社会政策研究』編集委員会
 http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~takegawa/jsps/
社会政策研究ネットワーク Social Policy Studies Network(SPSN)
 http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~spsn/
2003.9.7. [mleft:5528] Re: リソースブック2003 ・・・教育の普遍化・個別化という方向性には大賛成です。ただし、今の特別支援教育は、普遍化・個別化という「衣」をまとった「合理化(公費削減)」であるところが問題です。衣が具になればいいのにね(なんのこっちゃ?)というところは、支援費といっしょだあねえ・・・
2003.9.7. [mleft:5527] RE: 「べてる」と「夜バナ」の感想 ・・・(ちなみに、この人は個人的には結構いい人です)
当事者主体を語るなら、エンパワメントを語るなら、なんで当事者をほんとうに中心に据えて、晴れがましい気持ちになってもらおうという企画にならないのか。施設は形であって、形ではない・・・ひとりひとりの心に宿り、かたちになって現れる、のですね。・・・
2003.8.25. [mleft:5496] 武蔵野市民プールのヘラクレス(?) 岡部耕典です。

ちょっと変な題ですが、今日の武蔵野市民プールでのこと・・・

いった人は判るが、あそこの屋外プールには、でっかい給水管があって、水が少なくなると、「どどどど・・」と冷水(井戸水かもしれない)が噴出するのです。

これが水マニアの愚息にはたまらない(笑)

どうしても、頭漬けなきゃ気が済まないと大騒ぎなのですが、そういう魅力的なスポット?作っておきながら、そこで頭漬けてると係員に注意されてしまうのです。(危ないって・・・でもなにが?)

さすが、つまらんことに細かい「小市民(プチブル)」プールめ、といつもいらいらしてたのですが、今日は休憩時間間際に素晴らしいことが・・・

なんと、なにをとち狂ったのか、ヘラクレスのような肉体美の監視員が、いきなり、ひとかかえもある太いホースをもって仁王立ちになり、プールの人々の頭上に「どどどど・・・」と冷水を振りまきだしたのです。

最初唖然とした人々の間で、すぐに反応したのが子供たち。降り注ぐ水の下に集まり狂喜乱舞、手をうち振り、叫び、大騒ぎ で喜びます。また、それに応えて、監視員が、シュワちゃん的に白い歯を見せて笑い、水を高く、低く、子供たちめがけてぶちまけます・・・

もちろん愚息は、その最前線、あんまり嬉しくて後ろ向きになって(これわかるひとはわかりますよね:笑)はしゃぎます。最初はびっくりした大人たちも(なにしろ水が冷たいのです)次第に笑みを浮かべて見守ります・・・15分以上この騒ぎは続きました。(要するに、それが減った水の給水にかかる時間というだけなのですが:笑)

おかげで、すっかりご機嫌になった愚息は、スムーズにチェックアウト。(散水終了間際にいきなりぶっといホースを奪おうと手をかけたのには、さすがのヘラクレスも驚いてましたが:笑)

プールを出るときに、ちょうどその係員がもぎりに立っていたので、お礼をいって、「またやってね!」といったら、また白い歯を見せて喜んでいました。

夏休み最後の週の、この夏何日しかなかった夏らしい日に、お堅い市民プールでのこの粋なアクションとそれがもたらした大きなカタルシス。

子供たちの気持ちにすっと寄り添える感性の良さ、制度の隙間をうまく利用して風穴あけてしまう頭の良さ、そして、大いなる茶目っ毛と勇気と「受け狙い」(笑)の心

監視員よりは、ドラゴンに向いている(多分たくさんいる)若い人に乾杯。
2003.8.23. [mleft:5491] 父よ・母よ・兄弟よ 上記

岡部耕典です。

この数日、あった人や考えたことなどから、下記のようなことを書きたくなって。・・・障害児の父として自戒の念を込めつつ

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「父よ・母よ・兄弟よ」

定年退職の日「これからは家庭と地域に・・・」と語る父
しかし、私が本当に必要なときにはいなかったあなた
小さいときの母とふたりっきりの誕生日は忘れない

父よ、私はもう、あなたを必要としません。

父が亡くなり兄弟が家を出て、私と二人で暮らす母
しかし、私は年老いたあなたの下僕ではなく
障害年金はあなたへの貢物ではなく

母よ、私はもう、あなたを必要としません。

私が施設をでることをどうしても嫌だといい
それなのに私の年金は、あなたが管理する
親の残した財産は、全部あなたのものとなる

兄弟よ、私はもう、あなたを必要としません。

父よ・母よ・兄弟よ、わたしの声を聞け

わたしは、「保護者」はいらない
わたしは、ひとりで生きる
わたしは、仲間と生きる
わたしは、支援者と生きる
わたしは、地域で生きる

支援者としての親
仲間としての兄弟

新たなわたしとあなたたちの関係を求めるならば
父よ・母よ・兄弟よ、わたしの声を聞け


さもければ、わたしはもう、あなたたちはいらない

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2003.8.22. [mleft:5489] もっとも頑丈な人間の誇りの権化 ・・・グループホームが「施設」ではなく「住まい」であるなら、その運営は、「大きな機関」に委ねられるべきではないでしょう。・・・
2003.8.16. [mleft:5470] ハッピードラゴン 上記

岡部耕典です。

ハッピードラゴンを知っていますか・・・
そう、ネバーエンディングストーリーに出てきた子供を守る竜

白くて
毛むくじゃらで
暖かくて
優しい眼をして
力強くて
ちょぴり意地悪

小さいときだれもが欲しかった自分だけの守護神
だれもに認められず
自信がなくて
弱虫

でも、ハッピードラゴンは、そんな子供のところにこそ現れる

どんなに母親が子供を愛しても
どんなに父親が子供を護ろうとしても
あるときから子供は思春期という「孤独な戦い」を開始する
それは、子供が大人になることを助ける「もうひとりの自分」

ミハエル・エンデの描いたのは深層心理のシンボルですが
我が愚息は血の通ったハッピードラゴンを持っている

それも何人も・・・

たくましい長髪のドラゴン
金髪でいかしてるドラゴン
思慮深く個性的なドラゴン
なりたてで、あくまでも純粋なドラゴン
そして、お盆に帰省して、
カレーパンを買って遊びに来てくれた
昔のドラゴン
(愚息を写真に収め大事に持って帰ってくれた・・・涙)

心より感謝です、たくさんのハッピードラゴンたち

障害児ひとりひとりにハッピードラゴンを
「動く施設」ではなく「人の城」を
彼らがドラゴンにしっかりと寄り添われ
だれしもが迷い狂う思春期を乗り越えて
自分が自分であることの自信と誇りを我がものとするとき

そうなれば
「もう施設はいらない」

永久に・・・
2003.8.14. [mleft:5464] 大変でしたね、とあと少し(添付あり) ・・・
なにか道が開けるといいけどね、お母さん!あなたがまだいくばくかの 力とお嬢さんのことを想い悔やむ気持ちが残っているうちに、つま先を こじいれて扉を開くんだ。あくまで、お嬢さんの気持ちを中心として・・・

保護者から子捨てへ一直線ではなく。
保護者から支援者としての親へ。

Oさんが検討会で「ぼくたちを施設を作ったりそこへ入れたりしたのは親 なんだから、親が責任をもって、施設からみんなをだしてほしいね。僕た ちも協力するから」と言っていましたが・・・

Oさんはいつも核心を突きますね。
「責任」があるのです。
親にも。地域の人たちにも。

わたしにも。あなたにも。
2003.8.13. [mleft:5458] 第 5 回障害者(児)の地域生活支援の在り方に関する検討会 ・・・ 特に最後の、システム・財政問題・サービスの状況 等について「相当つめた議論をしたい」から、知的当事者はオブザーバーに 、という論旨、「育成会は親と本人を包摂している」から、当事者はオブザー バーでいい、という考えは、政策決定や議論の場への当事者参加(parti cipation) が、それも「参加保障」や当事者のイニシアティブ(過半数が当事者)と いう形であたりまえになりつつある状況がまったく認識されていない、というこ とである。

・・・ただ、ケア会議が、居宅支援の支給量の決定主体となるということについ ては、よっぽど慎重に考えなくてはならない。私が当事者だったら、福岡さ んがいうように「学校の先生や作業所の職員などが話しあって、『この人はこ のくらいのホームヘルプが必要』」などとケアプランと支援費の支給が決められ るのはまっぴらごめんだ。(だいたい、第三者かつ民間のケアマネが公費支 出の決定主体となることはできないだろう)
 コーディネーターが、支給量に関わるのは、決定主体ではなく、支援者(アドボケイト)として当事者の行政交 渉を支援すればいい。また、そんなコーディネーターの業務の中心は、親の相 談ではなくて、本人のパーソナルアシスタンスのコーディネーションと直接 支援あるべきではないだろうか。(地域福祉権利擁護事業のオルタナティブ含 む)アメリカには、すでに、「自己決定運動」というのが、盛んになってきて 、既存の地域センターのケアマネジメントや支援のありかたを大きく変えつつあ る。
 これは、日本の支援費や介護保険が掲げた「利用者本位」なんていう曖昧 なものではない。(この話は面白いのだが、また今度・・・)
 ニューハンプシャーで学んだことを考えても、施設の「かたち」だけを壊 して、「動く施設」(ラツカさんいわく、ですが)を作らないように注意をしす ぎてもしすぎることはない、だろう。
・・・・・
2003.8.11. [mleft:5456] バーベキューに集まった人・来れなかった人 ・・・ どんなに年老いていても、どんなに、娘たちの人生を奪ったことを悔やんでも、彼女 たちがまだ元気なうちに生まれ育った地域に返してやりたい、と願っても、「帰って きたいなら障害者は親が育てろ」という、それが2つのM市の「民度」だとしたら、 それは余りにも悲しい。

しかし、悲しんでいるだけでは、問題はそのまま残ります。今、彼女たちを迎え入れ ようとはしない街が、いつか夢のように変って、私たちの息子たちが、将来住めるわ けはないでしょう。

夏休みだけには帰ってくるHさんとは、バーベキューはだめだったけれども、いっしょ にお茶はしたいと思います。「Hさんの街」で・・・・・しかし、それは、終わりではなく、 始まりでなくてはならない。

障害のある人たちへの理解を求めるところから始まった「障害のある人もない人も 暮らしやすい街づくり」の運動も、少しづつ実体的なことも考えてゆくことが求められ ているように思います。

そういうようなことも考えたという意味でも、いろいろ意味深いバーベキューでした。
2003.8.8. [mleft:5452] FW: FAX レター 厚労省交渉 ・・・かなり厳しい状況ですが、でも、中央も地方も今から地道に愚直にきちん と詰めてゆくことが大事・・・なにかシステムが変わったら夢のように「財源 」現れるうちでの小鎚などあるわけはないのだし・・・。

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